レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2007年10月05日
- 登録日時
- 2007/10/05 11:28
- 更新日時
- 2007/12/05 18:33
- 管理番号
- 奈県図情-07-012
- 質問
-
解決
興福寺の江戸~明治期がわかる絵図はあるか。
- 回答
-
興福寺は、鎌倉時代には大和守護職として一国支配権をもち、多くの荘園を有したが、近世に入ると春日社とあわせて2万石余の朱印地を与えられ、96の塔頭(子院)をもつ大寺院でした。明治初年の廃仏毀釈で大きな打撃を受け、一時は廃寺となったが、明治14(1881)年に再興されました。
資料としては以下のものがあります。
・「和州南都絵図」(寛文6年)『近畿の市街古図』所収
・「春日神社境内図」(寛政頃)『奈良県大般若経調査報告書2 本文編』所収
・「興福寺境内図」(寛政頃)『 〃 』所収
・「大和国奈良細見図」(明治7年)『日本近代都市変遷地図集成 大阪・京都・神戸・奈良』所収
・「奈良市街名区古蹟図」(明治27年)『 〃 』所収
・「奈良町全図」(明治23年)『 〃 』所収
・「奈良市実測細見図」(明治29年)『 〃 』所収
この時期の絵図に関する論文として下記の文献があります。
山近博義「近世奈良の都市図と案内記類」(『奈良女子大学地理学研究報告5』) 奈良女子大学文学部地理学教室
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 寺院.僧職 (185 9版)
- 日本 (291 9版)
- 参考資料
-
- 『近畿の市街古図』 原田伴彦ほか著 鹿島出版会 1978
- 『奈良県大般若経調査報告書2 本文編』 奈良県教育委員会文化財保存課 1992
- 『奈良女子大学地理学研究報告5』 奈良女子大学文学部地理学教室 1996.
- 『日本近代都市変遷地図集成 大阪・京都・神戸・奈良』 地図資料編纂会編 柏書房 1987
- キーワード
-
- 寺院
- 興福寺
- 絵図
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000038010