レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2014年08月29日
- 登録日時
- 2014/08/29 16:52
- 更新日時
- 2014/11/27 15:38
- 管理番号
- 秋田-1715
- 質問
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解決
明治10~20年代、当時の大工町に、秋田市で初めてできた写真館だとされる「一眼堂」について詳しい記述が載っている資料はあるか。また、一眼堂を開いたとされる工藤助吉の略歴や、助吉の撮った写真が掲載されている本などがあるか。
- 回答
-
下記資料に掲載を確認。
①『秋田写真物語:草創期の軌跡』(渡部誠一郎/著・発行、1996)
p.39~40 一世を風靡した一眼堂
p.114~115 県都の旭川にボート ・・・ このページに一眼堂撮影の写真の掲載有。
②『秋田人名大事典 第2版』(秋田魁新報社、2000)
p.202 「工藤助吉」の項有り
③『秋田県人物人材情報リスト 2013』(日外アソシエーツ、2012)
p.381 「工藤助吉」の項有り ふりがな「くどうすけきち」とあり。
④秋田魁新報 昭和42年8月26日 夕刊4面
「一眼堂物語り 明治時代の写真館」 工藤清/執筆
・・・工藤清は、工藤助吉の孫にあたる人物。上記②の資料の参考文献に挙げられている。
⑤上記①の資料は、下記新聞連載を再編・補加筆したもの。
秋田魁新報 連載記事「秋田の写真始め」平成5年1月4日~27日 16回連載
同 「続秋田の写真始め」平成5年4月12日~5月15日 26回連載
①の該当ページは、それぞれ、次の記事が元記事。記述内容に一部違い有り。
p.39~40 ・・・ 1月6日 早い普及度 (秋田の写真始め 3)
p.114~115 ・・・ 5月1日 明治末に写真館林立 (続秋田の写真始め 17)
そのほか、次の資料には関連記述なし。
⑥『写真師 玉井大麟翁の生涯 :秋田県営業写真家協会創立38周年』(越後昌二/著、1989)
⑦『秋田市史』1~17巻(1998~2003年) 索引には「工藤助吉」「一眼堂」なし
⑧『秋田市大事典』(国書刊行会, 1986)
なお、一眼堂が秋田市に初めてできた写真館である、ということについては、
①のp.22~26 秋田町に写真師続々と に異説が記述されている。
- 回答プロセス
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1 当館OPAC、デジタルアーカイブ
「工藤 助吉」 「一眼堂」 ではヒットなし。
「秋田△写真」で、①と⑤ヒット。
「写真師」
2 『秋田人名大事典 第2版』に掲載あり 参考文献で④の新聞記事発見
一眼堂の写真掲載有。
3 ①のp.22に大正5年3月27日から5回連載された「当地昔の写真物語」の紹介あり。
秋田市内の営業写真館主たちが一堂に会して往時を回顧したもの。
一眼堂の名前は上がっているが、詳しく紹介しているものではない。
(掲載日:3/27・3/28・3/31・4/1・4/2)
- 事前調査事項
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あきた(通巻84号) 1969年(昭和44年) 5月1日発行 秋田の歩んだ明治百年(14) 写真館の誕生
http://common3.pref.akita.lg.jp/koholib/search/html/084/084_054.html
- NDC
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- 写真 (740 8版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000159135