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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
横浜市中央図書館 (2210008)管理番号
(Control number)
横浜市中央2519
事例作成日
(Creation date)
2017年07月19日登録日時
(Registration date)
2018年11月06日 11時55分更新日時
(Last update)
2018年11月13日 14時19分
質問
(Question)
横浜市金沢区にあった、泥亀新田(でいきしんでん)の開発をした永島家について知りたい。
特に旧永島邸に関する資料があればそれを見たい。
回答
(Answer)
1.永島家について
   永島家に関する主な資料として次の資料をご紹介します。
 (1)『泥亀永島家の歴史』 永島加年男/著 西岡芳文/編 永島加年男遺稿集刊行会 2015.7
    永島家の最後の当主による遺稿集です。(参考:「タウンニュース 金沢区版」2015年7月16日
号)泥亀永島家の江戸末期までを著者が調査したものを、県立金沢文庫の学芸員である編者がま
とめています。本文のほか、永島家の年表、系図などが資料としてまとめられています。
    編集後記で西岡氏が以下のようにまとめています。「永島家は、但馬出身で医道を学び、奥医師
として代々幕府医官を勤めた長嶋家を本家とする。初代徳元の子・祐伯は、武州金沢に居を移し、
野島地崎の干潟を干拓して新田を開いた。この新田は祐伯の号「泥亀」に因んで泥亀新田と呼ば
れた。金沢の分家は「永島」を名字とし、代々泥亀新田の名主役を勤めながら、金沢の入海(内
川入江)の干拓を試みた。(以下略)」
 (2) 「泥亀新田の改革-泥亀永島家の家歴稿・祐伯三代まで-」
    永島加年男 『六浦文化研究 第12号』 六浦文化研究所 2004.5
    永島家の家歴稿として、(1)の元になった原稿とみられます。副題にあるように祐伯三代までを
まとめています。
 (3) 『泥亀永島家の面影 永島家文書とその世界 企画展』  神奈川県立金沢文庫/編
 神奈川県立金沢文庫 2016.6
    県立金沢文庫で平成28年に実施された企画展の図録です。p.4-7の総説部分に江戸から現代ま
でまとめられています。
 (4)『金沢文庫古文書 第15輯・第16輯 永島家文書』 金沢文庫(横浜) 1960
    戦前、永島家が満洲に転居した際に県立金沢文庫に寄託、その後寄贈された資料。泥亀新田割
付状、新田開拓の経緯、石高、費用などの記録があり、江戸時代における大規模新田開発の資料
として有用とされています。
(5)『江戸時代神奈川の100人』 神奈川近世史研究会/編 有隣堂 2007.3
    p.14「永島泥亀・亀巣」の項目で、泥亀新田開発を中心に短くまとめられています。

  
2.旧永島邸について
   永島邸についての資料は明治期、戦後の資料が確認できます。
  明治期の建物について、「二階家が建てられ、金沢の眺望をほしいままにして、亀巣の偉業を象徴する
ランドマークとなっていた」ようですが、関東大震災で邸宅は倒壊し、とりあえずの再建を行います。
  昭和18(1943)に野島が海軍に接収され、永島邸も門構え以外の建物が撤去されました。
  このことが『泥亀永島家の面影 永島家文書とその世界 企画展』(4)に書かれています。
  邸宅を確認できる資料として、『相中留恩記略』(1)江戸時代後期の絵図のほか、明治期の写真、
絵葉書、戦後に正門だけが残された写真とその経緯などを以下の資料から確認することができます。

 (1)絵図
   『相中留恩記略』福原高峰/撰 長谷川雪堤/画 相中留恩記略刊行会/編集 有隣堂 1967.12
   江戸時代後期の相模国の名勝を探訪して編集された図会形式の地誌で、本編が天保10年(1839)に
成稿されました。巻二十三p.434に、泥亀新田が収録されており、名主段右衛門(永島家当主)の
宅地の様子が描かれています。
 p.175-176 「名主段右衛門」
 (2)絵葉書
確認できた資料の中では建物が最もはっきり写っています。
  (横浜都市発展記念館横浜絵葉書データーベース)
「野島の夕照 泥亀の牡丹園」  http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/ppcDB/ppcDB_b20_037_31.htm
絵葉書中に「横須賀鎮守府第三號ノ三大正十四年二月二十五日○○○」とあり、
   絵葉書の作成された時期が推測できます。   
 (3)写真 
  ア~ウは、同じ写真を掲載しています。アには、撮影者が「日下部金兵衛」とあり、
    明治期の牡丹園の写真だと思われます。
    ア『愛された金沢八景 楠山永雄コレクションの全貌 特別展』 神奈川県立金沢文庫/編
神奈川県立金沢文庫 2017.2
p.27 永島泥亀の牡丹 日下部金兵衛
   イ『ぶらり金沢散歩道 歴史・伝説・民話を歩く』 楠山永雄/著 金沢郷土史愛好会  2003.10
    p.129 泥亀の牡丹  「野島の永島邸と牡丹園」とある写真の掲載があります。
   ウ金沢区役所
    泥亀新田と沿岸部埋立 http://www.city.yokohama.lg.jp/kanazawa/rekishi/otona/landscape/deiki.html
   「永島家の牡丹園(楠山永雄コレクション 神奈川県金沢文庫)」
 (4)『泥亀永島家の面影 永島家文書とその世界 企画展』  神奈川県立金沢文庫/編 
神奈川県立金沢文庫 2016.6
    「旧永島家表門」の写真のほか、明治期の〔永島邸牡丹園〕も掲載されています。
 (5)『泥亀永島家の歴史』 永島加年男/著 西岡芳文/編 永島加年男遺稿集刊行会 2015.7
    明治期の「永島泥亀邸と牡丹園」や永島邸(絵葉書)、昭和期の「永島家古写真」、
戦後の「解体直前の永島邸正門裏側」が掲載されています。
    戦後に残されていた正門は、平成18年(2006)10月頃、保存運動も起こらないまま破壊・撤去
されたことも p.393に記されていました。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
関東地方  (213 8版)
個人伝記  (289 8版)
河海工学.河川工学  (517 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000245315解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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