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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
西宮市立中央図書館 (2310069)管理番号
(Control number)
6000004522
事例作成日
(Creation date)
2019年01月31日登録日時
(Registration date)
2019年11月13日 15時40分更新日時
(Last update)
2019年11月15日 16時31分
質問
(Question)
長崎県の眼鏡橋について
回答
(Answer)
以下の資料に記述あり。
『宮本常一とあるいた昭和の日本 2 あるくみるきく双書 九州 』田村 善次郎/監修
長崎の眼鏡橋について、寛永十一年(一六三四)興福寺二代住持唐僧黙子如定(もくすにょじょう)が架けたもので、長崎の石橋の始まりであり、石橋の技術は広く九州に広まるもととなった旨の記述と写真あり。(p.92~93)

『眼鏡橋 日本と西洋の古橋』 太田静六/著
まず、眼鏡橋をはじめとする中島川にかかる石橋群についての説明があり、これによると、中島川の石橋群は江戸初期以降すべて在留中国人により創架され、時にそれは中国人自身の私財や寄付によって行われた、とある。
やがて、日本人による個人寄贈へと移り、江戸末期には長崎代官による官費架橋になる。(p.47~48)
長崎眼鏡橋については「日本で一番有名な石造アーチ橋である。普通、長崎の眼鏡橋の名で親しまれ、わが国における石橋の元祖である。(中略)寛永11年(1634)に長崎の唐寺・興福寺2代目住職如定が架けたとされている」とあり、文献として『長崎図志』『伝寛永指図』を挙げている。(p.50~52)
巻頭にカラー写真もあり。

『橋』 小山田了三/著 法政大学出版局
眼鏡橋が建てられた時代背景について、長崎は、出島での貿易を通して中国大陸からの文化伝播が豊かであったこと、我が国は南北朝以来の長い戦乱の後に、ようやく到来した平和な時代で富が民衆の生活向上に投資された時代であったことなどが述べられている。また、眼鏡橋の築橋に関わった黙子如定については、石橋の多い江西省建昌県の出身である旨記載あり。(p.119~123)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
須藤, 功, 1938- , 田村, 善次郎, 1934- , 宮本, 千晴, 1941-. 宮本常一とあるいた昭和の日本 2. 農山漁村文化協会, 2011. (あるくみるきく双書)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011097353-00 , ISBN 9784540102028
太田静六 著 , 太田, 静六, 1911-2009. 眼鏡橋 : 日本と西洋の古橋. 理工図書, 1980.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001476409-00
小山田了三 著 , 小山田, 了三, 1932-2009. 橋. 法政大学出版局, 1991. (ものと人間の文化史 ; 66)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002150624-00 , ISBN 4588206613
キーワード
(Keywords)
長崎県
眼鏡橋
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000265178解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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