レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018年10月08日
- 登録日時
- 2018/12/12 00:30
- 更新日時
- 2020/11/01 00:30
- 管理番号
- 3A18005270
- 質問
-
解決
大阪にあった薩摩藩屋敷跡の所在がわかる書籍、史料を探している。
当時の所在地と現在の住所表示がわかるものはあるか。
- 回答
-
関連する記述のある資料を以下にご紹介します。
(1) 『新修大阪市史 第4巻』(新修大阪市史編纂委員会/編集 大阪市,1990)
p.1048に薩摩藩の記述があり、「同藩(薩摩藩)では、土佐堀二丁目、江戸堀五丁目、立売堀高橋南詰東の三ヵ所に大阪蔵屋敷を置いていた」と記述があります。
(2)『大阪の研究 第4巻 蔵屋敷の研究・鴻池家の研究』(宮本 又次/編 清文堂出版,1970.1)
p.759-771「附録三 元禄末 大坂大名蔵屋敷・名代・蔵元・銀掛屋(「難波丸」国花万葉記 所収)」(森 泰博)のp.770に、「薩摩 鹿児島(島津)」として、蔵屋敷位置(土佐堀越中橋のみ)、名代、蔵本、銀掛屋、用聞について記述があります。
(3)『大阪史蹟辞典』(三善 貞司/編 清文堂,1986.7)
p.215-216「薩摩藩蔵屋敷跡」の項目に、「薩摩藩は土佐堀二丁目に上屋敷、江戸堀五丁目に中屋敷、立売堀西の町に下屋敷を有した。」と記述があります。
(4) 『[1枚ものの地図]-浪花の繁栄 -大坂三郷の商工-』(古賀 秀策/原図作成 大阪都市協会,1989)
薩摩藩蔵屋敷の場所が「鹿児島」として記載されおり、地図上で前述の三箇所の位置が確認できます。またこちらの地図は、発行当時(平成元年)の国土地理院発行の1万分の1地形図を基図として、その上に往時の蔵屋敷等を重ねて表示してあるものですので、その住所の確認が可能です。この地図によると、平成元年当時の住所は、土佐堀2丁目、土佐堀3丁目、新町4丁目と確認できます。
(5)『[1枚ものの地図]-天保期の大坂三郷(新修大阪市史歴史地図 図5)』(大阪市,1996)
薩摩藩蔵屋敷の場所が「鹿児島」として記載されおり、地図上で前述の三箇所の位置が確認できます。
(6) 『[1枚ものの地図]-改正増補国宝大阪全図 -第15図-』(大阪都市協会,1980.10)
薩摩藩蔵屋敷の場所が「薩摩」「サツマ」として記載があります。
こちらは、大阪市立図書館デジタルアーカイブでも公開しております。
http://image.oml.city.osaka.lg.jp/archive/detail?cls=map&pkey=r1015001(2020.1.14確認)
- 回答プロセス
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1.『新修大阪市史』索引で「薩摩藩蔵屋敷」を確認し、資料1資料2を見つける。
2.当館所蔵資料をフリーワード“大坂”ד蔵屋敷”で検索し、資料3を見つける。
3.当館資料をブラウジングし、資料4を見つける。
4.当館所蔵の地図を確認し、資料5、6を見つける。
5.当館デジタルアーカイブより資料7を見つける。
- 事前調査事項
- NDC
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- 近畿地方 (216 9版)
- 日本 (291 9版)
- 参考資料
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- 当館書誌ID <0000225760> 新修大阪市史 第4巻 新修大阪市史編纂委員会/編集 大阪市 1990 (資料1)
- 当館書誌ID <0013497465> 天保期の大坂三郷(新修大阪市史歴史地図 図5) 大阪市 [1996] (資料2)
- 当館書誌ID <0000172329> 大阪の研究 第4巻 蔵屋敷の研究・鴻池家の研究 宮本 又次/編 清文堂出版 1970.1 (資料3)
- 当館書誌ID <0000214926> 大阪史蹟辞典 三善 貞司/編 清文堂 1986.7 9784792423414 (資料4)
- 当館書誌ID <0000361520> 浪花の繁栄 -大坂三郷の商工- 古賀 秀策/原図作成 大阪都市協会 [1989] (資料5)
- 当館書誌ID <0012107732> 改正増補国宝大阪全図 -第15図- 大阪都市協会 1980.10 (資料6)
- 大阪市立図書館デジタルアーカイブ 管理番号r1015001 改正増補国宝大阪全図 (大阪古地図集成 第15図) http://image.oml.city.osaka.lg.jp/archive/list_oml.do?oml=0012107732 (資料7)
- キーワード
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- 薩摩藩蔵屋敷
- 大阪市西区
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000248200
- 関連ファイル