レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016/7/5
- 登録日時
- 2017/01/31 00:30
- 更新日時
- 2024/03/13 13:12
- 管理番号
- 766
- 質問
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解決
京都市左京区岡崎公園にあった「古墳」についてその概要を知りたい。
- 回答
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<資料1>
『昭和京都名所図会2 洛東 下』(竹村俊則/著,駸々堂出版,1981)【1100332590】
鵺塚(ぬえづか)、秘塚(ひめづか)。
「岡崎公園運動場内にあって、場内中央近くにあった方墳を鵺塚といい、鵺を葬ったところといわれた。秘塚は同じく場内東南隅にあった小さな古墳をいい、ともに岡崎一帯に残存する古墳の一つとして注目されていたもの」と記述あり(p.167)。
「明治二十七年(一八九四)宮内庁は、鵺塚は後高倉太上天皇の陵墓参考地、秘塚は尊称皇后利子内親王の陵墓参考地として保存管理されるに至ったが、昭和三十年(一九五五)京都市が運動場の拡張整備にあたり、発掘調査の上、撤去」とも記述あり(p.167)。
<資料2>
『新修京都叢書 第19巻』(臨川書店,1968)【1106163825】
「京都坊目誌3」の上京第二十七学区(岡崎町)の部に次の記載があり。
「京都坊目誌」は大正5年の刊行で、昭和4年(1929)に上京区から左京区が分区。
姫塚
「字西正地の東南隅にあり。二条通広道の北西五坪八合九勺の小地を存す。長方形にして稜(カド)あり。元と黒谷塔中超覚院の所有地中にありしを。明治二十六年八月博覧会用地の為め。京都市に買収せらるる時。由緒あるものと認め。尋で宮内省に引継く。其後陵墓伝説地として保存せらる」などの記載があり(p.394)。
鵺塚
「字西正地姫塚の西北にあり。私設博覧会館の構内にあり。此会館は永久のものにあらす。何時止むも知べからず。廿四坪九合の地にして方形也。元と錦光山宗兵衛所有の田畠の中に在。」姫塚とともに「陵墓伝説地として保存せらる」とあり、由来についても記載があり(p.394-395)。
第25巻の索引巻より鵺塚(p.586)、姫塚(p.624)の記載があり、19巻を参照。
<資料3>
『書陵部紀要所収陵墓関係論文集[正]』(宮内庁書陵部陵墓課/編,学生社,1980)【1101684007】
「陵墓参考地鵺塚・秘塚の調査」あり(p.34-41)。
<資料4>
杉山信三「後高倉院の御葬地、北白川について」(『史跡と美術 278号』(史跡美術同攷会,1957))【1600551327】
岡崎公園グラウンドの「ぬえ塚」について記述あり(p.370)。
<資料5>
『岡崎公園沿革史』(京都市/編,京都市,1997)【1107130328】
「昭和30年7月20日に岡崎公園運動場敷地内にあった宮内庁所管の陵墓参考地2か所(鵺塚及び秘塚)が月輪陵墓域内に改葬された」と記述あり(p.133)。
<資料6>
『事典陵墓参考地 もうひとつの天皇陵』(外地昇/著,吉川弘文館,2005)【1108292234】
昭和30年6月30日に「鵺塚陵墓参考地・秘塚陵墓参考地の京都市伏見区深草本寺山町月輪(つきのわ)南陵下への移葬へ向けての慰霊祭が行われた」という記述あり(p.45)。
「この調査・移葬は、京都市が京都市左京区岡崎公園運動場内に鵺塚陵墓参考地・秘塚陵墓参考地が所在するため、施設計画上の障害をなすことも少なくないことから、その移転を宮内庁に出願したことが直接の契機」と記述あり(p.46)。
移葬に伴い、昭和30年8月17日に陵墓参考地の指定が「解除」される。昭和30年6月上旬時点の写真あり(p.168)。
巻末の索引、「陵墓参考地」に「鵺塚陵墓参考地」「秘塚陵墓参考地」あり(p.1-2)。
同じく巻末の索引で「陵墓等」に「月輪南陵(崇徳天皇中宮聖子陵)」あり(p.2)。
<資料7>
『「天皇陵」総覧』(水野正好/ほか著,新人物往来社,1994)【1105981268】
「皇后藤原聖子」の項目に「崇徳天皇中宮、藤原聖子陵、月輪南陵(つきのわのみなみのみささぎ)、京都市伏見区深草本寺山町、円墳」と記述あり(p.452)。
<資料8>
『宮内庁書陵部陵墓地形図集成』(宮内庁書陵部陵墓課/編,学生社,1999)【1106085291】
陵墓参考地鵺塚・秘塚の改葬先「中宮聖子月輪南陵」の地形図が図168にあり。
<資料9>
『大阪朝日新聞 京都版 第二』マイクロフィルム【1400217913】
昭和6年9月25日を確認すると「われらが郷土 趣味の大京都 芝居の名所から18 御陵伝説地 岡崎公園の鵺塚」と記事があり。
【】内は当館の資料コード
- 回答プロセス
-
京都や岡崎公園に関する質問のため、<資料1>や<資料2>、<資料5>を確認し、古墳があったことを確認する。
<資料1>の参考文献より<資料3>や<資料4>を確認する。
古墳の情報が得られたので陵墓関係の資料を確認して、記述のあるものを確認する。
- 事前調査事項
- NDC
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- 系譜.家史.皇室 (288 8版)
- 日本 (291 8版)
- 衛生工学.都市工学 (518 8版)
- 参考資料
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<資料1>竹村 俊則/著 , 竹村‖俊則. 昭和京都名所図会 2. 駸々堂出版, 1981.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005710356-00 -
<資料2>野間 光辰/編 , 新修京都叢書刊行会/編著. 新修京都叢書 19. 臨川書店, 1968.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I052194319-00 , ISBN 9784653026150 -
<資料3>宮内庁書陵部陵墓課/編 , 宮内庁. 書陵部紀要所収陵墓関係論文集 [正]. 学生社, 1980.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005599721-00 -
<資料4>杉山 信三 , 杉山 信三. 後高倉院の御葬地,北白川について. 1957-10. 史迹と美術 / 史迹美術同攷会 [編] 27(10) p.369-375
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I553307-00 -
<資料5>京都市 , 京都市. 岡崎公園沿革史. 京都市, 1997.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I064923693-00 -
<資料6>外池昇 著 , 外池, 昇, 1957-. 事典陵墓参考地 : もうひとつの天皇陵. 吉川弘文館, 2005.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007815714-00 , ISBN 4642013458 -
<資料7>水野正好 ほか著 , 水野, 正好, 1934-2015. 「天皇陵」総覧. 新人物往来社, 1994.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002323965-00 , ISBN 4404020953 -
<資料8>宮内庁書陵部陵墓課/編 , 宮内庁. 宮内庁書陵部陵墓地形図集成. 学生社, 1999.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005842834-00 , ISBN 4311750277
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<資料1>竹村 俊則/著 , 竹村‖俊則. 昭和京都名所図会 2. 駸々堂出版, 1981.
- キーワード
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- 岡崎公園
- 陵墓
- 古墳
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000208325