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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000201017
提供館
(Library)
近畿大学中央図書館 (3310037)管理番号
(Control number)
20161207-1
事例作成日
(Creation date)
2016年12月07日登録日時
(Registration date)
2016年12月07日 17時05分更新日時
(Last update)
2016年12月21日 17時58分
質問
(Question)
原敬の「積極政策」「四大政綱」について知りたい。
回答
(Answer)
以下の資料がみつかった。

<事典>
国史大辞典編集委員会編 『國史大辭典』 吉川弘文館 1979.3-1997.4
本館請求記号:210.033 - Ko53
11巻 p.707-709
「原内閣」の項目があり、なかに「積極政策の推進」として、「与党立憲政友会が兼ねてから唱えていた教育の改善整備、交通通信機関の整備拡充、産業および通商貿易の振興、国防の四大政網を掲げ、高橋是清蔵相を中心に積極政策を進めた」とあった。

コトバンク 原敬内閣 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
https://kotobank.jp/word/%E5%8E%9F%E6%95%AC%E5%86%85%E9%96%A3-861864#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29  (2016/12/07 確認)
原敬は、「政友会が主張してきた四大政綱に基づいて政策を推し進めることにしたのである。その四大政綱とは、教育施設の改善充実、交通機関の整備、産業および通商貿易の振興開導・一般物価の調節、国防の充実である。」とあり、「原内閣はこの積極政策の実現に努め」たとあった。


<図書>
伊藤之雄 [著] 『政党政治と天皇』 (講談社学術文庫;[1922] . 日本の歴史 ; 22) 講談社 2010.4
本館請求記号:000 - 講談社学術文庫 - 1922
p.112 積極政策と秩序の維持
「原首相は、組閣後十二日経った一九一八(大正七)年十月十一日、東京商業会議所主催の午餐会において、外部に向けて就任後はじめての演説を行ない、施政方針の大枠を提示した。(略)最初の議会である第四十一議会(一九一八年十二月二十五日~一九年三月二十六日)を経て、四大政鋼」と名付けられたとあった。具体的には「①高等教育機関の充実を中心とした教育の振興、②産業の奨励、③交通・通信機関の整備、④国防の充実」である。

成田龍一著 『大正デモクラシー』(岩波新書;新赤版 1045 . シリーズ日本近現代史 ; 4) 岩波書店 2007.4
本館請求記号: 000 - 岩波新書(新赤) - 1045
第3章 2「政党内閣の誕生」に、「四大政綱」「政友会と積極政策」記述があった。
p.90-92


立憲政友会史編纂部著『立憲政友会史』 立憲政友会史編纂部 1924-1926
第四巻「原総裁時代」(1926)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1875864  (2016/12/07 確認)

「内閣成立に就ての挨拶」(立憲政友会協議員会における挨拶)1918(大正7)年10月5日 p.500-502
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1875864/272  (2016/12/07 確認)
「教育の改善、交通機関の発達、及び国防問題」との記載あり。

「施政方針発表」「原総理大臣の演説」 p.502-504
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1875864/273  (2016/12/07 確認)
1918(大正7)年10月11日東京商業会議所主催の招待会で演説したことが記載され、第一に教育改善、第二に交通機関の整備、第三に国防の充実、第四に物価の調節と述べている。

「第十九章(ママ) 第四十一議会」 p.515-518
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1875864/281  (2016/12/07 確認)
「夫れ教育、交通、産業及び国防の整備充実は我党従来の主張なること原総裁の演説中にも言及せる所の如くして、世に之を政友会の四大政綱とも称せし所のものなり」と記載されていた。

<新聞記事>
・毎日新聞
 原敬内閣成立 大正7(1918)年9月30日 東京2頁1段目 朝刊 

・読売新聞 大正9(1920)年12月6日朝刊2面
 「積極主義は変更せず 東海十一州大会における原総裁演説要旨」の記事に、「我黨四大政綱」と見える。

<雑誌記事>
・1915年11月,金星,3(11)
積極政策樹立の急務 / 中橋德五郞 / p12~13 (0013.jp2)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1537237  (2016/12/7 確認)

・憲政 1919-2, 2(9)
論說 四大政綱とは何ぞや / 片岡直溫 / p30~35 (0017.jp2) 
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1537237 (2016/12/7 確認)
回答プロセス
(Answering process)
<積極政策について>
「積極政策」の用語は、原敬が内相を勤めた西園寺公望内閣でも使われていたが、内容は異なっていた。またそれ以前も用いられていた。

コトバンク「西園寺公望」
https://kotobank.jp/word/%E8%A5%BF%E5%9C%92%E5%AF%BA%E5%85%AC%E6%9C%9B%E5%86%85%E9%96%A3-836940#E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.E3.83.9E.E3.82.A4.E3.83.9A.E3.83.87.E3.82.A3.E3.82.A2  (2016/12/07 確認)

朝日新聞 明治32(1900)年11月9日東京版2面
「地方自治団の事業」の記事にも、「所謂(いわゆる)積極政策」という語が見える。

朝日新聞 明治33(1901)年4月16日東京版2面
「所謂積極政策」の記事があり、「積極政策の具体的説明は吾人の未だ聞き得ざる所なれども、然れども我が政治会には十数年来一種不可思議なる事情の下に此の標語を濫用し来たれり」とあった。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
原敬
積極政策
四大政綱
政友会
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
『立憲政友会史』の記載については、近畿大学荒木康彦名誉教授よりご教示頂きました。
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査 書誌的事項調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000201017解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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