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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
高知県立図書館・高知市民図書館本館 (2110040)管理番号
(Control number)
県立I2013-28
事例作成日
(Creation date)
2013年7月31日登録日時
(Registration date)
2013年10月08日 14時54分更新日時
(Last update)
2018年08月31日 18時00分
質問
(Question)
明治時代、和歌山沖にトルコの舟が遭難した際、軍艦金剛がトルコまで生存者を送って行って、乗組員は勲章をもらった。その時の日本人乗組員の名簿は存在するか。
回答
(Answer)
※ 高知県立図書館・高知市民図書館合築に伴い、資料に関する情報が現在の情報とは異なる場合があります。 ※

和歌山県、大島村・樫野崎付近で海難したトルコ船「エルトゥールル号(エルトグルール号、エルトグルル号、エルトグロール号、アルトグラー号、アルトグラール号などの表記もあり)」が遭難し、軍艦「金剛」および「比叡」がトルコまで生存者を送り届けた事件の経緯については、当時の公式の記録から研究論文まで多数の文献があります。
当館所蔵の資料では、『東の太陽、西の新月』(山田邦紀・坂本俊夫/著 現代書館 2007年)が詳しく、トルコ航海は「少尉候補生の練習航海」を兼ねていたことや、軍艦金剛の艦長は「日高壮之丞大佐 1848~1932」であったこと、「トルコ将兵と比叡金剛乗組員」の写真(p.154)などが記載されています。トルコ航海時(明治23年10月11日~24年5月10日)の、軍艦金剛の日本人乗組員は340人(軍艦比叡は便乗者1名を含め、341名)であったようですが、完全な名簿は見つかりませんでした。(内訳は、艦長以下士官26名 練習少尉候補生43名 準士官6名 下士卒261名 傭夫4名 典拠:『軍艦金剛土耳其國航海記事』pp.109-110 国立国会図書館所蔵)ただし、アジア歴史資料センターにてインターネット公開されている下記資料により、一部の乗組員名は判明しました。
(軍艦金剛については、甲が日高艦長以下35名、乙が33名の計68名)■『土耳格国軍艦遭難始末并除名者送還の為の金剛比叡2艦該国へ派遣1件(4)』
   pp.30-39  比叡の主要な乗組員の氏名か?(甲乙に区分されている)
   pp.41-50  金剛の主要な乗組員の氏名か?(甲乙に区分されている)
   pp.51-59  「比叡金剛乗組候補生ヲ混同シタルトキハ其席次左ノ如シ」として氏名列記(甲乙に区分)■『土耳格国軍艦遭難始末并除名者送還の為の金剛比叡2艦該国へ派遣1件(9)』
   軍艦金剛土国派遣概況報告
pp.25-28 「比叡 甲の部」として氏名列記
     pp.29-31 「金剛 乙の部」として氏名列記
     pp.32-34 「金剛 甲の部」として氏名列記
     pp.35-38 「比叡 乙の部」として氏名列記

■『土耳格国軍艦遭難始末并除名者送還の為の金剛比叡2艦該国へ派遣1件(10)』
     pp.4-6 「比叡甲」として氏名列記
     pp.7-9 「比叡乙」として氏名列記
     pp. 10-16 
「来ル六月二日三日両日ヲ以テ芝離宮ニ於イテ立食下賜相成…候補生ハ甲乙ニ区分シ…軍艦金剛」と
p10にあり、pp.11-13「甲之部」、 pp.14-16「乙之部」として氏名列記
なお、国立国会図書館にレファレンス協力を依頼して得た回答によると、軍艦金剛及び比叡のトルコへの航海の公式の記録は下記の3点ですが、いずれにも(完全な)「軍艦金剛の乗組員名簿の掲載はなし」とのことです。
1 『土耳格国軍艦遭難始末并除名者送還の為の金剛比叡2艦該国へ派遣1件(1)~(17)』
(アジア歴史資料センターにてのインターネット公開資料、明治24年 公文備考 艦船部下巻5 防衛省防衛研究所)
2 『軍艦金剛土耳古国航海報告』藤戸永綱(航海長・海軍大尉)、磯部謙次郎(航海士・海軍少尉)
(NDLデジタル化資料にてのインターネット公開資料、明治24年 水路部)
3『軍艦比叡土耳古国航海報告』小椋元吉(航海長・海軍大尉)、松村龍雄(航海士・海軍少尉)
(NDLデジタル化資料にてのインターネット公開資料、明治25年 水路部)

また、この軍艦比叡と金剛のトルコへの航海は、海軍の第14回練習航海ということで、海軍兵学校の第17期生88名が乗り組んだとされています。<典拠:『日本海軍史 第11巻』pp.34-37 高知県立図書館所蔵あり>
この海軍兵学校の第17期生88名については、下記の資料で氏名と出身地を確認できます。
貸出可能です。ただし、それぞれの練習生がどちらの艦に乗り組んだかは、この資料では不明です。
 ■『海軍兵学校沿革 〔正〕 』(原書房 1979年) 高知県立図書館所蔵あり(資料NO.1100126794)
   pp.458-460 第17期(明治23年7月17日卒業88名)
   「即日海軍少尉候補生ニ任シ金剛比叡ノ二艦ニ配乗セラル」とあります。また、国会図書館からの回答によると、軍艦金剛の乗組員のうち、トルコ政府から勲章を授与された26名の一覧が下記資料に掲載されているそうです。ただし苗字と肩書のみで、フルネームは掲載されていないとのことです。
 ■『大海軍発展秘史』(廣瀬彦太 編纂 弘道館圖書1944年)国立国会図書館所蔵
   pp.152-153

(2014.09.14追記-レファレンス協同データベース参加館の情報提供より)
国立公文書館 デジタルアーカイブ( http://www.digital.archives.go.jp/ )に以下のような資料が公開されています。これには、勲章を授与された人物のフルネームが掲載されています。
 ■『海軍大佐勲六等日高壮之丞以下金剛艦乗組人員ヘ土耳其皇帝陛下及希臘皇帝陛下ヨリ授与ノ勲章并記章受領及佩用允許ノ件』(内閣 作成 明治24年05月23日)
https://www.digital.archives.go.jp/das/meta/M0000000000000954708.html(2016/09/27 確認)
回答プロセス
(Answering process)
■下調べのためGoogle検索:「金剛丸」×「トルコ」⇒「日本トルコ文化交流会」などのページがヒット、1890年に日本に到着したトルコ船「エルトゥールル号」が、帰途上9月16日に和歌山県・大島村・樫野崎付近で海難し、約500名の乗組員が死亡。生存者の69名が送還のために日本軍艦の比叡・金剛がオスマン帝国へ派遣。
http://www.nittokai.org/history/■利用者は「金剛丸」がトルコに行った、と述べたが、正しくは軍艦「金剛」であった。
★「調べ方マニュアル」2007年02月20日 国士舘大学図書館・情報メディアセンター「日本の軍艦について調べる」
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=man_view&lsmp=1&kwup=%E8%BB%8D%E8%89%A6%E3%80%80%E9%87%91%E5%89%9B&kwbt=%E8%BB%8D%E8%89%A6%E3%80%80%E9%87%91%E5%89%9B&mcmd=25&mcup=25&mcbt=25&st=score&asc=desc&oldmc=25&oldst=score&oldasc=desc&id=2000001890
⇒「金剛丸」と、軍艦「金剛」が違う船であることの説明あり。「金剛丸」は国際汽船籍・特設巡洋艦。■自館OPAC検索「エルトゥールル」⇒『東の太陽、西の新月』がヒット、記述も詳しく、回答欄記載の内容が判明。参考文献一覧あり。「エルトゥールル号」という表記以外に回答記載のようなものがあることが分かる。
この事件から続くトルコと旧大嶋村樫野(串本町)の友好関係を記念し、「トルコ記念館」があることも判明。
⇒「トルコ記念館」 http://www.kankou-kushimoto.jp/txt001.html■トルコ記念館に問合せ
⇒トルコ人生存者69名の名簿はあるが、少なくとも展示物の中には日本人乗組員の名簿はない。
管轄の串本町役場産業課に資料がある。■串本町役場産業課に問合せ(0735-62-0557)
⇒名簿はない。艦長名等しかすぐには分からない。資料を精査すれば少しは判明するかもしれない。⇒後日、資料見つからずと連絡あり。■上記参考文献の所蔵の有無の調査、および日本とトルコの関係について記載した所蔵本の調査。
『トルコと日本』(サイマル出版会 1989年)・・・pp.34-58が「エルトゥルル号」の遭難時の経緯について。艦長名のみ分かる。
『日本・トルコ教会70年史』(日本・トルコ協会 1996年)・・・エルトゥールル号遭難事件についても言及あり、参考文献あり。金剛乗組員については全く記載なし。

■NDLサーチ:キーワード「エルトゥールル」、「軍艦」×「金剛」などで検索
⇒国立国会図書館デジタル化資料で軍艦金剛のトルコ航海時の航海記録などが公開されていることが分かり、記録した乗り組員として、大山鷹之介、藤戸永綱、磯部謙次郎の名前を確認。内容をざっと確認するが、全員の名簿は無い模様。■NDLリサーチナビ:キーワード「エルトゥールル」、「軍艦」×「金剛」などで検索
⇒「調べ方」として、「第138回常設展示 明治の越境者たち −近代デジタルライブラリー収録資料に見る日本人の海外体験−」がヒット。大山鷹之介と、金剛の乗組員であった大山の航海日記・トルコ滞在記として『土耳其航海記事』の紹介あり。“なお、金剛・比叡の報告書『軍艦金剛土耳古国航海報告』(1891年)、『軍艦比叡土耳古国航海報告』(1893年)(ともに海軍省水路部)も刊行されている。”ともあり。

■レファレンス協同データベース:キーワード「エルトゥールル」、「軍艦」×「金剛」などで検索
★「レファレンス事例」 2010年12月20日 外務省外交史料館 「明治時代にトルコの船が和歌山沖で沈没した際、明治政府が負傷者をトルコまで送り届けたというのは本当ですか?」
⇒“エルトゥールル号遭難に関連する記録は、外務省記録「土耳古国特派公使「オスマンパシャ」同国皇帝陛下ノ親書並「イムチマツ」勲章捧呈ノ為謁見一件」(土耳古=トルコ)や「外国勲章本邦人ヘ贈与雑件 土国之部」に収められています”とある。
★「レファレンス事例」 2010年6月12日 近畿大学中央図書館 「エルトゥールル号遭難救助活動に対するオスマン帝国の感謝状」を探している。
⇒Ciniiで公開されている論文「エルトゥールル号遭難救助活動に対するオスマン帝国の感謝状(学校法人京都外国語大学創立60周年記念号)」の紹介があり、確認。両艦の乗組員に勲章が与えられた旨の記載があったが、参考文献として挙がっていた『日土交渉史』(泉書院 1931年)、『近代日本とトルコ世界』(勁草書房 1999年)などは所蔵がなく、確認できず。
http://ci.nii.ac.jp/els/110007326257.pdf?id=ART0009179231&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1372744992&cp=
参考文献として挙がっていた論文がネットに公開されていないか検索し、「1890年におけるオスマン朝への日本軍艦比叡・金剛の派遣」(三沢伸生. 2002年)を確認する。大変充実した内容で参考文献も多数挙がっているが、乗組員名はやはり日高艦長、大山鷹之介、藤戸永綱、磯部謙次郎しか分からない。

■アジア歴史資料センターで検索( http://www.jacar.go.jp/
⇒回答記載の 『土耳格国軍艦遭難始末并除名者送還の為の金剛比叡2艦該国へ派遣1件(1)~(17)』などがヒットし、中を確認すると、乗組員名がさらに判明する(これまでに調査済であった大山鷹之介、藤戸永綱、磯部謙次郎の名前も含まれている)。なお、金剛はイギリスで明治11年1月に竣工し5月に日本に到着しているが、明治11年以降の海軍省の職員録を見ていくと、金剛の乗組員名が記載されている年もある(なお、水夫等は人数のみ)。ただしトルコ航海時(明治23年~24年)の職員録で、金剛艦長が日高壮之丞となっている名簿は見つからなかった。■NDLにレファレンス依頼
⇒多数の文献を調査して頂いたが、完全な名簿は見つからないという回答。(別添参照)■レファ協に掲載されている事例について、外務省外交史料館にレファレンス依頼
⇒レファ協の事例内に掲載した外務省記録「土耳古国特派公使「オスマンパシャ」同国皇帝陛下ノ親書並「イムチマツ」勲章捧呈ノ為謁見一件」(土耳古=トルコ)や「外国勲章本邦人ヘ贈与雑件 土国之部」については、日本に帰ってきてから与えられた勲章に関する資料で、トルコで与えられた勲章については資料がない。また、この事件に関して所蔵していた資料は焼失して残っていないとのこと。アジア歴史資料センターを紹介される。

■レファレンス協同データベース参加館より情報提供を受ける。(2014/09/14)
⇒国立公文書館デジタルアーカイブ( http://www.digital.archives.go.jp/ )に以下のような資料が公開されているとのこと。『海軍大佐勲六等日高壮之丞以下金剛艦乗組人員ヘ土耳其皇帝陛下及希臘皇帝陛下ヨリ授与ノ勲章并記章受領及佩用允許ノ件』(内閣 作成 明治24年05月23日)
https://www.digital.archives.go.jp/das/meta/M0000000000000954708.html
確認すると、トルコ皇帝およびギリシャ皇帝より勲章を授与された金剛艦乗組員の一覧がフルネームで掲載されている。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
外交.国際問題  (319 9版)
参考資料
(Reference materials)
山田邦紀, 坂本俊夫 著. 東の太陽、西の新月 : 日本・トルコ友好秘話「エルトゥールル号」事件. 現代書館, 2007.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009089731-00 , ISBN 9784768469583
『土耳格国軍艦遭難始末并除名者送還の為の金剛比叡2艦該国へ派遣1件(1)~(17)』
(アジア歴史資料センターにてのインターネット公開資料、明治24年 公文備考 艦船部下巻5 防衛省防衛研究所)
『軍艦金剛土耳古国航海報告』藤戸永綱(航海長・海軍大尉)、磯部謙次郎(航海士・海軍少尉)
(NDLデジタル化資料一般公開資料、明治24年 水路部)
『軍艦比叡土耳古国航海報告』小椋元吉(航海長・海軍大尉)、松村龍雄(航海士・海軍少尉)
(NDLデジタル化資料一般公開資料、明治25年 水路部)
『軍艦金剛土耳其國航海記事』 太田彌太郞 ; 熊谷晉 海軍医事報告撮要 第18号(明治24年1-6月)
(NDLデジタル化資料館内限定公開)
海軍歴史保存会 編集. 日本海軍史 第11巻. 1995.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I034037832-00
海軍兵学校 編. 海軍兵学校沿革 [正] 明治2年〜大正8年. 原書房, 1979. (明治百年史叢書)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I001084798-00
廣瀬彦太 編纂. 大海軍發展秘史. 弘道館圖書, 1944.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007998951-00
ウムット・アルク 著 , 村松増美, 松谷浩尚 訳. トルコと日本 : 特別なパートナーシップの100年. サイマル出版会, 1989.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002058717-00 , ISBN 4377308181
日本・トルコ協会70年史編纂委員会 編. 日本・トルコ協会70年史. 日本・トルコ協会, 1996.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002479388-00
『海軍大佐勲六等日高壮之丞以下金剛艦乗組人員ヘ土耳其皇帝陛下及希臘皇帝陛下ヨリ授与ノ勲章并記章受領及佩用允許ノ件』(NDLデジタル化資料一般公開資料 明治24年 内閣)
キーワード
(Keywords)
エルトゥールル号(エルトグルール号、エルトグルル号、エルトグロール号、アルトグラー号、アルトグラール号)
軍艦金剛
軍艦比叡
トルコ(土耳古国)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
トルコ記念館(0735-65-0628)
串本町役場産業課(0735-62-0557)
アジア歴史資料センター( http://www.jacar.go.jp/
外務省外交史料館(FAX 03-3585-4514)
寄与者
(Contributor)
近畿大学中央図書館
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
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(Registration number)
1000138101解決/未解決
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