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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000184588
提供館
(Library)
石川県立図書館 (2110016)管理番号
(Control number)
0000001262
事例作成日
(Creation date)
2014/12/03登録日時
(Registration date)
2015年11月29日 00時30分更新日時
(Last update)
2015年12月01日 18時26分
質問
(Question)
昨年度から輪島の海女漁について調査をしているので、以下について確認をしたい。
・石川県内(輪島以外)での海女漁の所在・経緯が記述してあるもの。
(ちなみに現在は基本は輪島市のみで営まれていますが、古くは志賀町などでも合ったと聞いています。)
・輪島の海女漁について記述のある文献
・輪島の海女の伝来(筑前国鐘崎から16世紀に伝来と言われている)について記述のある文献
回答
(Answer)
1.石川県内(輪島以外)での海女漁の所在・経緯が記述してあるもの。

以下に、調査の経過と共に回答いたします。

(1)能登の地誌の総合的な調査報告書である『能登』(九学会連合能登調査委員会編 平凡社 1955)、『能登半島学術調査書 1965』(石川県編 石川県 1965)に、アマ漁に関する記載があるのは、海士町についてのみです。
また、『石川県水産の歩み』(石川県漁業協同組合連合会編 石川県漁業協同組合 1969.11)p19~30には「石川県内の郡史及び町村史に記されている藩政時代の漁業」といういう節がありますが、同様に海士町以外のアマ漁に関する記載はありませんでした。

(2)『水産講話筆記』(河原田盛美著 石川県勧業課 1889 国立国会図書館デジタルデータ 確認日2014-12-03)
「乾鮑製造ノ説」によると、「鮑は能登舳倉島七ツ島近傍ニ夥多産スル所ニシテ同国外浦ニテモ亦往々産スル所少カラス」とあり、能登外浦でも鮑漁が行われていたことがわかります。

(3)「農隙所作村々寄帳」(『日本農書全集 第5巻』収録)で鮑の収穫のある村を探すと、輪島以外の記載としては、四方山村・立壁村・恋路村のところに、鮑を「十一月から寒中まで捕っている」(p356)という記事が記載されていました。

(4)そこで能登外浦地域の自治体史を確認しますと、『富来町史 通史編』(富来町 1977)p221~224に「鮑漁」という項目の記載がありました。
これによると、「千ノ浦村領海の尼崎(現海士崎)海岸は、岩礁が多く鮑の生息に適していたため、古くから鮑漁の格好の場所として知られていた。(略)ただこの鮑漁は、千ノ浦村自体としては直接手をふれるというより、他所のものに入漁料(請海料)をとって操業させるという、いわゆる卸海の形をとることが多かった」とあり、近世の鮑漁の入漁や争論についての記述があります。これらによると以下のことがわかります。
・千ノ浦村には、近世初頭の頃から、越前四カ浦(福井県越前町)の海士達が出稼ぎという形で入漁していた。
・越前四カ浦の海士は、羽咋郡赤碕村・前浜村、奥郡の鹿磯村・黒嶋村にも及んでいた。
・千ノ浦村には、羽咋郡滝村からも入漁が行われていた。
『富来町史 資料編』(富来町 1974)p1058~1060に関連史料が収録されています。

(5)羽咋郡滝村から入漁していたということなので、『羽咋市史 近世編』(羽咋市 1974)を確認しますと、「滝村の漁業」の項p277~278には以下のように、滝村のアマ漁に関する記述がありした。
「滝村では海士(海士は男性、海女は女性)が海に潜りカキなどをとり金沢などへ売り出していた。このカキは元禄八年(1695)の「能州四郡名物附」(岡部幸雄家文書)にも柴垣と並んで記載されており、滝・柴垣村の名産として知られていたことがわかる。アワビは海や岩礁の関係でか滝での水揚げは少なく、滝の海士たちは百浦や千浦などへ出稼ぎ漁をしていた。(略)」
また、p579~585には「第二項滝村の海事史 一、あま」という項があり、p914~916には「滝村請海争論一件」という史料が収録されています。

(6)この他、『志賀町史』『能都町史』『珠洲市史』などを確認してみましたが、アマ漁に関する記述は見つかりませんでした。


2.輪島の海女の伝来について

『輪島市史 通史編・民俗文化財編』(輪島市 1976)「海士の進出」によりますと、
「舳倉島へ海士が進出するようになったのは近世初期からであるが、その時期については諸説があり一定していない。それらのなかで最も有名なのは「舳倉島旧記」の記載であるが、現在その所在は確認されておらず、森田柿園の『能登志徴』などによってその要約を知りうるのみである。しかし、この記事がどこまで史実として信用できるであろうかは疑問である。海士に関する最も古い文書として慶安二年(1649)の海士又兵衛の屋敷拝領願があり、これには次のように海士の来歴がのべられている。」(p266)とあります。

・「筑前より」とされる史料は、『能登志徴 下編』(森田平次編 太田敬太郎校訂 石川県図書館協会 1969.12)収録のもので、p133~134「海士の来歴」の項にあります。
・また、海士又兵衛の屋敷拝領願は、『輪島市史 資料編 第2巻』(輪島市史編纂専門委員会編 輪島市 1972)p382~383に収録されています。


3.輪島の海女漁について記述のある文献

多数になりますので、代表的なもののみご紹介します。
・能登 九学会連合能登調査委員会∥編 平凡社 1955
・能登半島学術調査書 1965 石川県∥編 石川県 1965
・輪島市史 通史編・民俗文化財編 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1976
・能登志徴 下編 森田/平次∥編 太田 敬太郎∥校訂 石川県図書館協会 1969.12
・輪島市史 資料編 第2巻 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1972
・輪島市史 資料編 第4巻 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1975
・海女の島 舳倉島 新版 フォスコ・マライーニ?著 牧野/文子?訳 未來社 2013.9
・海女文化基礎調査報告書  石川県 2014.3
・海士町 舳倉島 石川県立郷土資料館∥編 石川県立郷土資料館 1975
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
水産業  (66 9版)
参考資料
(Reference materials)
1 能登 九学会連合能登調査委員会∥編 平凡社 1955 K210/3

2 能登半島学術調査書 1965 石川県∥編 石川県 1965 K210/6

3 石川県水産の歩み 石川県漁業協同組合連合会∥編 石川県漁業協同組合 1969.11 K661/9

4 水産講話筆記( http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001539491-00 ) 河原田盛美 石川県勧業課 1889 確認日:2014-12-03

5 日本農書全集 第5巻 山田 龍雄∥[ほか]編 農山漁村文化協会 1978 K611/130

6 富来町史 通史編 富来町史編纂委員会∥編 富来町史編纂専門委員会∥編 富来町 1977 K217/12/3

7 富来町史 資料編 富来町史編纂委員会∥編 富来町史編纂専門委員会∥編 富来町 1974 K217/12/1

8 羽咋市史 近世編 羽咋市史編さん委員会∥編 羽咋市 1974 K218/4/3

9 輪島市史 通史編・民俗文化財編 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1976 K214/4/7

10 能登志徴 下編 森田/平次∥編 太田 敬太郎∥校訂 石川県図書館協会 1969.12 K080/10/2-2

11 輪島市史 資料編 第2巻 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1972 K214/4/2

12 海女の島 舳倉島 新版 フォスコ・マライーニ?著 牧野/文子?訳 未來社 2013.9 K291.4/1008

13 海女文化基礎調査報告書 石川県 2014.3 K384/1010

14 海士町 舳倉島 石川県立郷土資料館∥編 石川県立郷土資料館 1975 K069/8/6

15 輪島市史 資料編 第4巻 輪島市史編纂専門委員会∥編 輪島市 1975 K214/4/4
キーワード
(Keywords)
海女
海士
舳倉島
輪島市
志賀町
羽咋市
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
団体
登録番号
(Registration number)
1000184588解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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