レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016/03/30
- 登録日時
- 2016/05/15 00:30
- 更新日時
- 2024/03/30 00:37
- 管理番号
- M16012111277384
- 質問
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森鴎外が岡山に滞在したときの訪問先について知りたい。
- 回答
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・『鴎外研究年表』(資料①)には、鴎外の生涯が年表にまとめられている。
それによれば、明治43年(1910)1月11日から13日にかけて鴎外が岡山に滞在していることがわかる。
・『鴎外全集 第三十五巻』(資料②)の「明治四十三年日記」には、鴎外の岡山滞在の様子が次のとおり記録されている。
明治43年1月11日
「十一日(火)。霙。廣嶋を立ちて福山に往く。歩兵第四十一聯隊、衛戍病院を視る。
夜岡山に着く。一戸中将兵衛、菅之芳のニ家を訪ふ。是日福山にて蘆田川上水を見にゆきぬ。」
明治43年1月12日
「十二日(水)。雨歇む。朝菅之芳来訪す。工兵、野砲兵、山砲兵、輜重兵の諸營を視、
師團司令部にゆきて午餐す。浩養軒の西洋料理なり。地方に珍らしき料理と思ふ。
午後歩兵第五十四聯隊と騎兵との両營を視る。官事畢りて後楽園を觀にゆく。
臨?軒の額ある處にて茶を饗せらる。四疊半は御座の址なりと云ふ。
遊覽の後、園内なる浩養軒支店にて??を呑む。夜料理店松の江の宴會にゆく。
熊澤了介の書ける浮生の二文字の額あり。舞子の帶大坂風に結びあり。
やぎつちやあといふ結方なりと云ふ。やとはやの字なるべし。
蝶々結とは少し異なりと云ふものあり。」
明治43年1月13日
「十三日(木)。夜雨朝歇む。監獄、衛戍病院及偕行社附屬病院(阪本某の舊宅)を視る。
岡山を發して姫路に至る。宇多川に宿る。」
・「森鴎外の岡山出張」(資料③)には、資料②の記述内容に対する解説が掲載されている。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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・『岡山文学風土記』(日本文教出版)の中で「森鴎外の来岡」として、明治43年に後楽園を訪れたことが紹介されている。
- NDC
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- 小説.物語 (913 9版)
- 参考資料
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①苦木虎雄『?外研究年表』松戸 ?出版,2006,1265p. 参照はp.802-803.
②森鴎外『鴎外全集 第35巻』 岩波書店,1975,872p. 参照はp.472.
③富岡敬之「森鴎外の岡山出張」『岡山地方史研究会々報』38,1983年10月,p.1-3.
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①苦木虎雄『?外研究年表』松戸 ?出版,2006,1265p. 参照はp.802-803.
- キーワード
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- 森鴎外
- 後楽園
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- M2016012111223877384
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 全年齢
- 登録番号
- 1000192214