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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼久-2014-036
事例作成日
(Creation date)
2012/11/25登録日時
(Registration date)
2014年05月20日 16時00分更新日時
(Last update)
2014年07月30日 15時18分
質問
(Question)
太平山県立自然公園にある、中島綽軒(しゃくけん)の功績を讃える「綽軒中島先生遺愛碑」の碑文について、口語訳と読み下し文が掲載されている資料を探している。
回答
(Answer)
『中島敦とその家学 鵬斎門流の中島撫山』(村山吉広著 1977)に碑文ほぼ全文に近い書き下し文が掲載されており、これをを紹介する。
回答プロセス
(Answering process)
中島綽軒の本名、略歴を調べる。
『中島敦と私』(久喜・中島敦の会編 久喜・中島敦の会 2009)
 巻末の「中島撫山略年譜」によると、1852年9月14日長男靖(靖次郎・綽軒)生まれ。1880年栃木市に漢学塾「明誼学舎」を開くとのことである。

「明誼学舎」について調べる。
『中島撫山小伝』(村山吉広編 鷲宮町教育委員会 1983)
 「明治十三年、栃木で漢学塾「明誼学舎」を開いた。場所は栃木市の入舟町である。」
 「明治三十九年父に先立って世を去った。いま栃木の太平山頂にはこの人の遺愛碑が立てられている。撰文は次弟の端、書は三弟の竦である。」とあり。
 質問の碑文は、掲載されていない。
『中島撫山関係調査報告書 1 久喜市文化財調査報告書』(久喜市教育委員会 2000)
 「中島靖、名は靖次郎、諱は靖、字は靖之、号は綽軒。」、
 明誼学舎の場所については「場所は栃木県下都賀寒川郡第八番学区内薗部村二十七番地(現、栃木市入舟町)に置かれた。」とあり。
「栃木市太平山頂に近い太平山神社参道の「栃木屋」南側斜面に「綽軒中島先生遺愛碑」が、明治四十五年に建てられている。」との記述あり。
 「綽軒中島先生遺愛碑」が掲載されているが、モノクロ写真のみで口語訳等はない。
『中島撫山 没後100年展』(久喜市立郷土資料館 2011)
 「「綽軒中島先生遺愛碑」は弟の中島斗南の撰文(『斗南存稿』所収)である。」との記述あり。「綽軒中島先生遺愛碑」のカラー写真があるが、口語訳等なし。

中島撫山関係資料を調べる。
『斗南存稿』(中島勿堂〔著〕 中島竦編 新井松四郎 1932)
 碑文の本文はあるが、口語訳、読み下し文なし。
『中島敦とその家学 鵬斎門流の中島撫山』(村山吉広著 1977)
(中國古典研究22号〔早稲田大学中国古典研究会〕〔1977〕p107-130の抜刷 )
p117-119「中島綽軒」
 「この人の伝は次弟斗南の遺した「斗南存稿」中の「綽軒中島先生遺愛碑」によって知られる。いま、行状に関する部分を抄出する。」とあり、碑文の一部の書き下し文が掲載されている。

調査済資料
『栃木市史 民俗編』(栃木市史編さん委員会編 1979)
『中島敦の「斗南先生」・実話』(久喜市公文書館 1999)
『中島撫山の生涯』(久喜市公文書館 1998)
『中島敦全集 4』(中島敦著 文治堂書店)
『久喜市史 通史編 下』(久喜市史編さん室編 久喜市 1992)
『久喜市史 資料編 4 近・現代』(久喜市史編さん室編 久喜市 1988)
『栃木県史 史料編 近現代1-9』(栃木県史編さん委員会編集 栃木県 1974-1980)
『栃木県史 通史編 近現代1-3』(栃木県史編さん委員会編集 栃木県 1982,1984)
『人物レファレンス事典 郷土人物編』(日外アソシエーツ 2008)
『郷土歴史人物事典栃木』(尾島利雄,柏村祐司編著 第一法規出版 1977)
『郷土資料事典 ふるさとの文化遺産 9 栃木県』(ゼンリン 1997)
『日本歴史地名大系 9 栃木県の地名』(平凡社 1988)
『角川日本地名大辞典 9 栃木県』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 角川書店 1984)
『栃木県大百科事典』(栃木県大百科事典刊行会 1980)
『人物でみる栃木の歴史』(栃木県歴史文化研究会編 随想舎 2011)
『栃木県歴史人物事典』(栃木県歴史人物事典編纂委員会編集 下野新聞社 1995)
『宇都宮大学教育学部紀要 第1部 第17号(2)』(宇都宮大学教育学部編 宇都宮大学教育学部 1967)
『評伝・中島敦』(村山吉廣著 中央公論新社 2002)
事前調査事項
(Preliminary research)
調査済事項「中島綽軒は中島撫山の息子で、栃木県内に私塾を開いた。その功績を讃えた碑が「綽軒中島先生遺愛碑」である。
栃木市役所に依頼し碑文の内容が分かる資料(「栃木市史」のコピー)を送ってもらったが、口語訳と読み下し文が掲載されている資料はないと言われた。」
NDC
個人伝記  (289 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
参考資料
(Reference materials)
『中島敦とその家学 鵬斎門流の中島撫山』(村山吉広著 1977)
キーワード
(Keywords)
中島 綽軒(ナカジマ シャクケン)
金石・金石文
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物 郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000153360解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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