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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
大阪府立中之島図書館 (2120002)管理番号
(Control number)
6001007062
事例作成日
(Creation date)
2013/12/24登録日時
(Registration date)
2015年02月14日 00時30分更新日時
(Last update)
2015年02月14日 00時30分
質問
(Question)
古い手紙の住所で、大阪の明治初頭の大区小区制について調べています。大区小区の地域の範囲を一覧にした資料はありますか。河内国丹南郡茱萸木(クミノキ)新田や三島新田は何大区何小区に相当するでしょうか。また、大阪の第3大区第2小区、第3大区第8小区は現在のどこに相当するのでしょうか。
回答
(Answer)
大阪の大区小区の地域の範囲を一覧にした資料は見つかりませんでした。
各市史および『大阪府全志』を調査しました。
(*回答文中の大区小区の表記は、それぞれの資料に記載のとおりです。また、漢数字はアラビア数字に書き換えています。)
(【 】内は、当館の請求記号です。)

■河内国丹南郡萸木新田について
『狭山市史 第1巻 本文編』(狭山町史編纂委員会編集 狭山町役場 1967.11)【328/369/#】
p.651 第一大区三小区九番組
『大阪府全志 巻之1』p.1116 (井上正雄著 大阪府全志発行所 1922)【328/17/#】
および『大阪府全志 巻之4』p.575-577
河内国第一大区三小区(明治7年1月22日)
第一大区三小区九番組(明治7年4月13日)
第一大区三小区(明治9年12月7日)*番組廃止

■三島新田について
大阪の三島新田は次の2か所です。
(現在の東大阪市三島)
『大阪府全志 巻之1』p.1123
および『大阪府全志 巻之4』p.990-992
河内国第二大区二小区(明治7年1月22日)
   第二大区二小区七番組(明治7年4月13日)
   第二大区二小区(明治9年12月7日)*番組廃止
(現在の大阪市鶴見区)
『大阪府全志 巻之1』p.1123
および『大阪府全志 巻之4』p.1110-1111
河内国第二大区二小区(明治7年1月22日)
   第二大区二小区六番組(明治7年4月13日)
   第二大区二小区(明治9年12月7日)*番組廃止
    
■大阪の第3大区第2小区、第3大区第8小区について
大阪府における大区小区制は、
旧大区 第1大区-第11大区
和泉国第1大区-第3大区
河内国第1大区-第3大区
となっており、それぞれに第3大区第2小区、第3大区第8小区があります。
ご質問では、「大阪の第3大区第2小区、第3大区第8小区」となって
おりましたので、現在の大阪市が含まれる旧大区について調査しました。
『大阪府全志 巻之1』(井上正雄著 大阪府全志発行所 1922)【328/17/#】をもとに、現在の地名は『角川日本地名大辞典 27 大阪府 』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 角川書店 1983.10)【291.03/2N/27】を調査しました。
『角川日本地名大辞典 27 大阪府 』に掲載されている内容を全て書き出すと大変長くなりますので一部省略して記入します。全文をご覧になりたい場合は、『角川日本地名大辞典 27 大阪府 』を所蔵しているお近くの図書館でご覧いただけますでしょうか。また、町だけでなく、丁単位でも変遷しておりますので、非常に複雑になりますこと、あわせてご了解ください。

・旧大区の「第3大区第2小区」 
明治8年4月30日(『大阪府全志 巻之1』p.694)
(8ヶ町)
土佐堀通3丁目-4丁目
江戸堀下通1丁目-2丁目
京町堀上通1丁目-2丁目
京町堀通1丁目-2丁目
明治9年9月30日(『大阪府全志 巻之1』p.730)
(第二四小区并第五小区の内四ヶ町合併・十八ヶ町)(注:本文のまま。「第二四小区」は「第二・四小区」と思われます。)
土佐堀通3丁目-5丁目
江戸堀北通3丁目-5丁目
江戸堀南通3丁目-5丁目
江戸堀下通3丁目-5丁目
京町堀上通3丁目-5丁目
京町堀通3丁目-5丁目
すべて現在の大阪市西区になります。
土佐堀通
「明治5年~昭和52年の地名。1~5丁目がある。(中略)同52年土佐堀1~3丁目・江戸堀1~3丁目・江之子島1~2丁目となる。」
江戸堀北通
「成立時は1~5丁目、昭和36年からは1~2丁目がある。(中略)同52年土佐堀1~3丁目・江戸堀1~3丁目となる。」
江戸堀南通
「明治5年~昭和36年の地名。1~5丁目がある。(中略)同36年江戸堀1~5丁目となる。」
江戸堀下通
「明治5年~昭和36年の地名。1~5丁目がある。(中略)同36年江戸堀1~5丁目となる。」
京町堀上通
「明治5年~昭和36年の地名。1~5丁目がある。(中略)同36年江戸堀1~5丁目・京町堀1~5丁目となる。」
京町堀通
「明治5年~昭和36年の地名。1~5丁目がある。(中略)同36年京町堀1~5丁目となる。」
(注:「同(例えば「同36年」)とは昭和のこと)
土佐堀
「昭和52年~現在の西区の町名。(以下省略)」
江戸堀
「昭和36年~現在の西区の町名。(以下省略)」
京町堀
「昭和36年~現在の西区の町名。(以下省略)」
江之子島(えのこじま)
「昭和52年~現在の西区の町名。(以下省略)」
・旧大区の「第3大区第8小区」
明治8年4月30日(『大阪府全志 巻之1』p.695)
(7ヶ町)
阿波堀通1丁目-3丁目
阿波堀通裏町
阿波座上通1丁目-3丁目
*明治8年の第8小区は、明治9年の小区改正で第4小区となりました。
明治9年9月30日(『大阪府全志 巻之1』p.730-731)
(第八、九小区合併)
阿波堀1丁目-3丁目
阿波堀通裏町
阿波座上通1丁目-3丁目
阿波座中通1丁目-2丁目
阿波座下通1丁目-2丁目
阿波座一番町 
同  二番町
立売堀北通1丁目-3丁目
現在の大阪市西区になります。
阿波堀(あわぼり)通
「明治5年~昭和52年の町名。(中略)同52年西本町1~3丁目となる。」
阿波堀裏町(あわぼりうらまち)
「明治5年~大正15年の地名。(中略)大正15年奥美町と改称。」
阿波座上通(あわざかみどおり)
「明治5年~昭和52年の町名。(中略)同52年西本町1~3丁目・江之子島1~2丁目となる。」
阿波座中通(あわざなかどおり)
「明治5年~昭和52年の町名。(中略)同52年西本町1~3丁目・江之子島1~2丁目となる。」
阿波座下通(あわざしもどおり)
「明治5年~昭和35年の町名。(中略)昭和35年阿波座中通1~3丁目・阿波座南通1~3丁目・立売堀北(いたちぼりきた)通1~6丁目となる。」
阿波座一番町・同 二番町
(「阿波座」①の項)「大正15年~昭和35年の町名。1~4番町がある。(中略)昭和35年阿波座南通1~3丁目・阿波座中通1~3丁目・
立売堀上通1~3丁目・阿波座上通1~4丁目・立売堀北通1~6丁目となる。」
立売堀北通
「明治5年~昭和53年の町名。(中略)同53年立売堀1~6丁目となる。」
西本町(にしほんまち)
「昭和52年~現在の西区の町名。(以下略)」
奥美町(おくびまち)
「大正15年~昭和35年の西区の町名。(中略)昭和35年阿波座北通1~2丁目・阿波座上通1~4丁目となる。」
阿波座南通
「昭和35年~53年の西区の町名。(中略)昭和53年阿波座1~2丁目・立売堀1~6丁目となる。」
立売堀上通
「昭和35年~53年の西区の町名。(中略)昭和52年一部が西本町1~3丁目・江之子島1~2丁目となり、残余は同53年阿波座1~2丁目・立売堀1~6丁目となる。」
阿波座
(「阿波座」②の項)「昭和53年~現在の西区の町名。(以下省略)」
立売堀
「昭和53年~現在の西区の町名。(以下省略)」
明治9年9月30日の第8小区(p.732)
(第17、18小区并第20小区の内3ヶ町合併)
南堀江通1丁目-4丁目
南堀江上通1丁目-4丁目
南堀江下通1丁目-3丁目
西道頓堀通1丁目-4丁目
幸町通1丁目-3丁目
現在の大阪市西区・浪速区になります。
南堀江通(みなみほりえどおり)
「明治5年~昭和53年の町名。(中略)同53年南堀江1~4丁目となる。」
南堀江上通(みなみほりえかみどおり)
「明治5年~昭和34年の町名。昭和34年南堀江立花通1~6丁目・南堀江大通1~6丁目・南堀江通1~6丁目となる。」
南堀江下通(みなみほりえしもどおり)
「明治5年~昭和34年の町名。昭和34年南堀江立花通1~6丁目・南堀江大通1~6丁目・西道頓堀通1~6丁目となる。」
西道頓堀通(にしどうとんぼりどおり)
「明治5年~昭和53年の町名。(中略)昭和53年南堀江1~4丁目となる。」
幸町(さいわいちょう)通
「明治5年~昭和55年の町名。(中略)昭和42年一部が幸町3~5丁目となり(中略)同55年湊町1~2丁目・幸町1~3丁目となる。」
南堀江
「昭和53年~現在の西区の町名。(以下省略)」
南堀江立花通
「昭和34年~53年の西区の町名。(中略)昭和53年南堀江1~4丁目となる。」
南堀江大通
「昭和34年~53年の西区の町名。(中略)昭和53年南堀江1~4丁目となる。」
幸町
「昭和42年~現在の浪速区の町名。(以下省略)」
湊町(みなとまち)
「江戸期~現在の町名。(中略)同22年(注:明治)大阪市南区、昭和18年からは浪速区の町名。(以下省略)」
南通
「昭和35年~53年の西区の町名。(中略)昭和53年阿波座1~2丁目・立売堀1~6丁目となる。」
立売堀上通
「昭和35年~53年の西区の町名。(中略)昭和52年一部が西本町1~3丁目・江之子島1~2丁目となり、残余は同53年阿波座1~2丁目・立売堀1~6丁目となる。」
阿波座
(「阿波座」②の項)「昭和53年~現在の西区の町名。(以下省略)」
立売堀
「昭和53年~現在の西区の町名。(以下省略)」
明治9年9月30日の第8小区(p.732)
(第17、18小区并第20小区の内3ヶ町合併)
南堀江通1丁目-4丁目
南堀江上通1丁目-4丁目
南堀江下通1丁目-3丁目
西道頓堀通1丁目-4丁目
幸町通1丁目-3丁目
現在の大阪市西区・浪速区になります。
南堀江通(みなみほりえどおり)
「明治5年~昭和53年の町名。(中略)同53年南堀江1~4丁目となる。」
南堀江上通(みなみほりえかみどおり)
「明治5年~昭和34年の町名。昭和34年南堀江立花通1~6丁目・南堀江大通1~6丁目・南堀江通1~6丁目となる。」
南堀江下通(みなみほりえしもどおり)
「明治5年~昭和34年の町名。昭和34年南堀江立花通1~6丁目・南堀江大通1~6丁目・西道頓堀通1~6丁目となる。」
西道頓堀通(にしどうとんぼりどおり)
「明治5年~昭和53年の町名。(中略)昭和53年南堀江1~4丁目となる。」
幸町(さいわいちょう)通
「明治5年~昭和55年の町名。(中略)昭和42年一部が幸町3~5丁目となり(中略)同55年湊町1~2丁目・幸町1~3丁目となる。」
南堀江
「昭和53年~現在の西区の町名。(以下省略)」
南堀江立花通
「昭和34年~53年の西区の町名。(中略)昭和53年南堀江1~4丁目となる。」
南堀江大通
「昭和34年~53年の西区の町名。(中略)昭和53年南堀江1~4丁目となる。」
幸町
「昭和42年~現在の浪速区の町名。(以下省略)」
湊町(みなとまち)
「江戸期~現在の町名。(中略)同22年(注:明治)大阪市南区、昭和18年からは浪速区の町名。(以下省略)」
[事例作成日:平成27年1月19日]
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
大阪,地名・地域
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000167659解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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