レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017/07/17
- 登録日時
- 2017/09/30 00:30
- 更新日時
- 2017/09/30 00:30
- 管理番号
- 6001025857
- 質問
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解決
谷崎潤一郎の作品に『刺青』があります。この「刺青」という言葉は昔からあったのでしょうか。
また、「入れ墨」という別の漢字にも関わりがあるかについて知りたい。
- 回答
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調査の結果、この言葉は日本においては、明治期になって使われ始めたようです。
・『いれずみの文化誌』(小野友道/著 河出書房新社 2010.9)
「第一話:谷崎の『刺青』」に「「刺青」をいわゆるいれずみの意として用いたのは、実は明治からである」とし、「谷崎の『刺青』が世に出るまで「刺青」の用例は見当たらないので、谷崎の独創になる文字と見なされている。しかし、中国では古く「刺青」の文字があり、それはいれずみのことを指している」と書かれています。(p.7-8)
・『大漢和辞典 巻2:修訂版』(諸橋轍次/著 大修館書店 1984.6)
「刺青」の項目には、読みが「セキセイ」、意味は「いれずみ。刺文。」と書かれています。(p.260)
・『いれずみ(文身)の人類学』(吉岡郁夫/著 雄山閣出版 1996.9)
「イレズミの異名」という項目があり、その中に「刺青」という字が用いられるようになったのは、明治以降として「明治13年(1880)の刑法には「刺文」と記され、「刺青」はまだ現れていない。「刺青」が広く使われるようになったのは、明治44年(1911)、谷崎潤一郎が『刺青』という小説を書いてからだといわれている。大矢は、イレズミの材料は墨であっても、その結果は青く見えるので、それによって「刺青」という字が用いられるようになったのであろう、と述べている」との記述があります。(p.209-210)
・『イレズミの世界』(山本芳美/著 河出書房新社 2005.10)
「文化人類学から見たイレズミ」の章に、「イレズミや彫り物を指す言葉に「刺青」もあるが、これは明治時代に登場した比較的新しい言葉である。1910(明治43)年書かれた谷崎潤一郎の小説『刺青』から広まっていった。また1932(昭和7)年6月に長谷川伸の『刺青寄偶(いれずみちょうはん)』が歌舞伎座で上演されたことも刺青という言葉が一般化した契機となったといわれる」と記載されています。(p.36)
・『日本の刺青(いれずみ)と英国王室』(小山騰/著 藤原書店 2010.12)
序章の「イレズミとは」の項に、「イレズミを漢字で表示すれば、文字通り入墨(または入れ墨)が使用される。イレズミを表す言葉としては、それ以外にも文身(ぶんしん)、彫物(ほりもの)、刺青などが使用される。それぞれの言い方にはイレズミの技術や歴史が反映されている。刺青は明治時代中期以降イレズミを表す代表的な言葉として利用されて来た。刺青の読みもシセイだけではなく、イレズミと読まれる場合がある」と記されています。(p.8)
・『日本語源広辞典:増補版』(増井金典/著 ミネルヴァ書房 2012.8)
「いれずみ」の項目には、「語源は、「入れ+墨」です。皮膚に傷をつけ墨や朱を入れ、模様を入れることをいいます。文身、刺青、などと書きます」と書かれています。(p.90)
・『日本国語大辞典 第1巻:第2版』(小学館国語辞典編集部/編集 小学館 2000.12)
「いれずみ」の項目があり、「入墨」「黥」「刺青」の字が当てられています。(p.1405)
[事例作成日:2017年7月17日]
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 衣食住の習俗 (383 8版)
- 参考資料
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- いれずみの文化誌 小野/友道∥著 河出書房新社 2010.9 (7-8)
- 大漢和辞典 巻2 修訂版 諸橋/轍次∥著 大修館書店 1984.6 (260)
- いれずみ(文身)の人類学 吉岡/郁夫∥著 雄山閣出版 1996.9 (209-210)
- イレズミの世界 山本/芳美∥著 河出書房新社 2005.10 (36)
- 日本の刺青(いれずみ)と英国王室 小山/騰∥著 藤原書店 2010.12 (8)
- 日本語源広辞典 増補版 増井/金典∥著 ミネルヴァ書房 2012.8 (90)
- 日本国語大辞典 第1巻 第2版 小学館国語辞典編集部∥編集 小学館 2000.12 (1405)
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000222580