レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20200305
- 登録日時
- 2020/03/25 00:30
- 更新日時
- 2020/03/25 00:30
- 管理番号
- 福郷-103
- 質問
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解決
福岡市東区の称名寺に実在した博多大仏についての資料はないか。
戦時中の金属供出で撤去され今はもうない。
- 回答
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博多大仏は、高田又四郎が原型を造り、上土居町磯野鋳造所で作成される。
大正元年に片土居町の称名寺に安置され、大正8年、馬出松原への移転と共に大仏も移転する。
その後、戦時中の金属回収で徴用され昭和19年に姿を消したが、台座は今も残っている。
参考資料として、下記を案内した。
・参考資料1『博多郷土史事典』 井上 精三/著
p.196-197 「博多大仏」に記述、写真あり。
・参考資料2『福岡県百科事典 下』 西日本新聞社福岡県百科事典刊行本部/編
p.36 「高田又四朗」に博多大仏の説明と雛形図あり。
・参考資料3『博多いまむかし 続』 朝日新聞福岡総局/編
p.34-35 「稱名寺の大仏」に記述と閉眼供養の写真あり。
・参考資料4『筑前古寺巡歴』 天本孝志/著
p.157-163 「称名寺」に記述あり。
・参考資料5『博多中洲ものがたり 前編』 咲山恭三/著
p.345-347 「明治晩年の様相」に記述、写真あり。
・参考資料6『ふてえがってえ 福岡意外史』 江頭光/著
p.103-105 記述、写真あり。
・参考資料7『福岡市東公園日蓮上人銅像』 中牟田 佳彰、田中 一幸、木下 禾大/著
p.211-214 「博多大仏の運命」に記述あり。
・参考資料8所収「銅造日蓮上人像と博多大仏」 錦織亮介 p.45に記述あり。
- 回答プロセス
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「博多」という地名がついていることから、『福岡県百科事典』と『博多郷土史事典』で調べる。
また、「仏教」「歴史」の書架をブラウジングした。
- 事前調査事項
- NDC
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- 寺院.僧職 (185 8版)
- 参考資料
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- 1 博多郷土史事典 井上 精三/著 葦書房 1987.11 K226/2/ハ p.196-197
- 2 福岡県百科事典 下 西日本新聞社福岡県百科事典刊行本部/編集 西日本新聞社 1982.11 K030//フ p.36
- 3 博多いまむかし 続 朝日新聞福岡総局/編 朝日事業開発出版部 1973.8 K226/2/ハ p.34-35
- 4 筑前古寺巡歴 天本 孝志/著 葦書房 1991.10 K185/200/チ p.157-163
- 5 博多中洲ものがたり 前編 咲山恭三/著 文献出版 1979.9 K296/262/ハ p.345-347
- 6 ふてえがってえ 江頭光/著 西日本新聞社 1980.6 K226/2/Sフ p.103-105
- 7 福岡市東公園日蓮上人銅像 中牟田 佳彰/著 西日本新聞社 1986.6 K715//フ p.211-214
- 8 西日本文化 2001年1月 368号 西日本文化協会 M/KC/16B p.45
- キーワード
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- 博多 大仏 称名寺 高田又四朗
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000276497