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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
島根県立図書館 (2110035)管理番号
(Control number)
島根郷2013-04-001
事例作成日
(Creation date)
2013年04月24日登録日時
(Registration date)
2014年02月26日 17時54分更新日時
(Last update)
2014年09月26日 15時23分
質問
(Question)
富田と比婆山の間にあった会見郡の金石寺の釣鐘が、どのような経緯で現在福岡市の西光寺にあるのか知りたい
回答
(Answer)
当館所蔵資料より、以下の資料を紹介。
資料1:13号p4-8「流転の鐘(1)」および14号p2-4「流転の鐘(2)」によると、
梵鐘は会見郡の金石寺→出雲大社・松林寺(出雲大社の別当寺)→明治22年ごろ松林寺から売りに出される→松江の金物店または鋳物師→大阪の商人?→西光寺、という経路をたどったもよう。
金石寺から出雲大社へは、尼子経久が永正7年(1510)に出雲大社造営に際して伯州某寺から買い取り寄付したもの、という『懐橘談』の記述があるとする。

資料2:56号p1-7「影向山 松林寺のこと」に松林寺の盛衰と鐘についての記述が少しあり。『杵築古事記』のなかに松林寺記述の記述がある。

松林寺は弘仁年間に出雲大社の別当寺として建てられたが、尼子晴久ともめたことにより尼子氏により焼き討ちにあう。のちに尼子再興のために山中鹿之助が松林寺を再建し伯州金石寺から得た釣鐘を鐘楼に吊ったとされる。このときの金石寺は兵火に焼亡し釣鐘は野ざらしになっていたという。江戸時代・文政のころから松林寺は衰退が始まり、田地等は売り払われ無住となり、さらに明治時代に入りわずかな什物・立ち木などもすっかり売り払われてしまった、とされる。
回答プロセス
(Answering process)
参考:九州国立博物館HP 特別展での解説( http://www.kyuhaku.com/pr/exhibition/exhibition_pre108.html  最終確認2014/2/26)写真あり。
事前調査事項
(Preliminary research)
質問者より:現在は福岡県福岡市早良区内野の西光寺にあり、国宝となっている。この梵鐘には承和六年金石寺のために製作したという文言が彫られており、西光寺仏に「大阪に於いて出雲から売りに出ていた梵鐘を大阪商人から買った」との内容が残されているらしい。
NDC
寺院.僧職  (185 8版)
金属彫刻.鋳造  (715 8版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】大社の史話 12〜28号. 大社史話会, 1976.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I000487481-00  (当館請求記号 092.4/0016/12-28 ※貸出禁止資料)
【資料2】大社史話会/編. 大社の史話 第55〜69. 大社史話会, 1985.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I000496132-00  (当館請求記号 092.4/16/55-69 ※貸出禁止資料)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000149835解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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