レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年04月26日
- 登録日時
- 2013/10/25 11:12
- 更新日時
- 2013/10/25 11:12
- 管理番号
- tr281
- 質問
-
解決
明治・大正期に、佐野市や葛生町(くずうまち、現・佐野市)などで採取されていた「天然氷」について 、またその貯蔵施設である「氷室」について書かれている資料はあるか。
- 回答
-
以下の資料に、関連する内容の記載がありました。
・『佐野市史 通史編 下巻』(佐野市史編さん委員会/編 佐野市 1979)
「第五章 第一節 地域産業の変遷」の中に、「瓦と氷」という項があり(p268-270)、氷については、富士村が産地であったこと、明治25年に製氷販売のための会社が設立されたことなどが記されています。
また、p257の「堀米・犬伏地域の生産物とその数量(明治10年)」の表中に、「氷 17,000貫」との記載があります。ただし、出典は『地誌編輯材料取調書』とありますが、当館では富士村のものを所蔵しておらず、詳細は確認できません。
・『佐野市史資料 4』(佐野市史編さん委員会/編 佐野市役所 1972)
「三、生産生業」の「5.その他の副業」に「(4)氷切り」とあり(p14)、「五、社会生活」の「1.村の構成・機能」の「(5)村仕事(共同作業)」に「ここで特筆されるのは、冬場のこの地の溜池にはった天然氷を村中総出で切って、堀米の田口氷屋に運び、賃金を得た。この賃金は、村民個人の所得になった「氷切り」である。」とあります。(p16)
・『葛生町誌』(葛生町誌編さん委員会/編 葛生町 1973)
p197-244の「葛生町の商業」には、記載がありませんでした。しかし、p236の「大正時代商店街」という図中に、「福田氷店」という店名の記載は確認できます。
また、旧・葛生町には「氷室村」という村があったようですが、p242-244の「氷室地区の商業」という項からは、ここに氷室があったというような記述は確認できませんでした。
なお、『角川日本地名大辞典 9』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編 角川書店 1984)p768の「氷室村」の項を確認すると、「地名は氷室山または氷室山神社から採ったものであろう」とのことです。
以下の資料は、氷産業に関する記述が確認できませんでした。なお、調査は目次から行っております。
・『栃木県史 9.産業編』『栃木県史 10.産業・経済編』(田代善吉/著 下野史談会 1937)
・『栃木県産業要覧』(栃木県主催第13回関東地区実業大会/編 栃木県主催第13回関東地区実業大会 1909)
・『栃木県産業要覧 大正6年』(栃木県/編 栃木県 1917)
・『栃木県産業要覧 大正11年』(栃木県/編 栃木県 1922)
・『栃木県産業要覧 大正15年』(栃木県/編 栃木県 1926)
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 食品工業 (588 9版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 天然氷
- 氷室
- 安蘇
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000139501