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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000187610
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2015-159
事例作成日
(Creation date)
2014年12月24日登録日時
(Registration date)
2016年01月28日 09時34分更新日時
(Last update)
2016年05月10日 17時34分
質問
(Question)
寛保2年の大洪水の後、妻沼の辺りにある中条提(利根川の土手)の修理が行われた。毛利藩の吉川(きっかわ)家が普請を請け負ったが、どのくらい人足が来たのか知りたい。
回答
(Answer)
下記の資料に該当する記述があった。

『天、一切ヲ流ス 江戸期最大の寛保水害・西国大名による手伝い普請』(高崎哲郎著 鹿島出版会 2001)
 p132「弟3章 岩国領吉川家」の項に「吉川家では二三日に萩本藩に対し、現地に派遣する諸役人を通知した。惣奉行には家老宮庄図書が、添(副)奉行に栗屋縫殿が、元締め用人に向武助と隠岐半十郎が、場所奉行に今田孫左衛門、安達十兵衛がそれぞれ任命された。他に歩兵に当る徒、足軽、中間などで総計三七一人にも達した。(後略)」とあり。
『江戸幕府治水政策史の研究』(大谷貞夫著 雄山閣出版 1996)
 p196「4 萩藩家臣吉川家の手伝い普請」の項に「寛保二年十一月ニ三日に至り、吉川家は萩藩に対し、現地に派遣する役人の覚書を提出した。」「全体で三七一名が現地に派遣された様子である。」とあり。〔史料三-三一〕として覚書の内訳あり。
『妻沼史談 研究紀要 3』(金谷俊夫編 妻沼地域文化財調査研究会 2008)
 p45「(前略)統計三七一人もの人達が土手普請のために遠く山口県岩国から派遣されてきたそうです。」とあり。
回答プロセス
(Answering process)
1 《Google ブックス》を〈中条堤 & 洪水〉で検索する。( https://www.google.co.jp/  Google)
『水と闘う地域と人々 利根川・中条堤と明治43年大水害』(松浦茂樹[ほか]著 武蔵文化研究会 2014)
 p57「第二章 近世の中条堤」具体的な人数の記述なし。
『利根川治水の変遷と水害』(大熊孝著 東京大学出版会 1981)
 p54 寛保2年の洪水について、「この大水害後、「関東利根川御普請御手伝」と称して、毛利、細川、藤堂などの西国の十大名に命じて、利根川の全水系にわたって改修工事が行われている。その工事延長は172里に及び、御手伝金は23万両に達し、人夫は占めて100万人を上回ったと伝えられている。」とあり。
《Google ブックス》を〈手伝普請 & 荻藩〉で検索する。
『江戸幕府治水政策史の研究』(回答資料)
 注記より、毛利家文書「上利根川御普請御手伝一事記録 十五」に記述のあることが分かる。

2 《山口県文書館所蔵文書検索》を〈上利根川御普請御手伝一事記録〉で検索する。( http://archives.pref.yamaguchi.lg.jp/  山口県文書館)
【文書名】上利根川御普請御手伝一事
【請求番号】42御勤事22 【年代】寛保2年[1742]~寛保3年[1743] 【数量】16
【分類】 藩政文書> 毛利家文庫> 42御勤事

3 『新編埼玉県史』の「近世」を確認する。
『新編埼玉県史 通史編 4(近世 2) 治水』(埼玉県編 埼玉県 1989)
 p579 「幕府はこの水害の復旧には、長門萩藩の毛利大膳太夫はじめ10大名に御手伝いを命じた。」として、表に以下の数値あり。
 「毛利宗広(長門萩)36.9万石 吉川経永(長門岩国)6.0万石 受持箇所 上利根川南 御手伝金34,000両」
 出典は「寛保2年10月「御普請手伝大名箇所附」(近世4 935)」とあり。
『新編埼玉県史 資料編 13(近世 4) 治水』(埼玉県編 埼玉県 1983)
「第四部 水害」の「一 寛保二年洪水」の
 p911「一、堤切所・闕所御普請御手伝被 仰付十一月より御普請始」「三万五千石 吉川左京」とあり。
 ただし、引用先である『新編埼玉県史 通史編 4(近世 2) 治水』と石高の数値が異なる。
 p935「寛保二年十月 御普請手伝大名箇所附」
 「石原半右衛門掛り 長門萩 松平大膳太夫 吉川左京 金高三万四千両(後略)」とあり。
 p958 中条堤の工事ではないが、村々の石高百石につき、3人を招集し、当日の予定人足数が205人であることがわかる。 
 p970 中条堤の工事ではないが、騎西領青毛堀浚御普請のために、奉行の安達十兵衛はじめ11人の役人と18人の従者が派遣されていることがわかる。

4 『岩国市史』を確認する。
『岩国市史 上』(岩国市 1970)
 「六代 経永(つねなが)」の項
 p265「享保元年(1716)一月十一日、左京と改称した」
 p267「寛保二年(1742)(略)十月、幕府より上州利根川堤の修築を課され、総奉行宮庄図書以下の人数を派遣した。」とあり。

5 自館目録を〈妻沼 & 洪水〉で検索し、該当資料を確認する。
『妻沼史談 研究紀要 3』(回答資料)
上記資料の参考文献を確認
『天、一切ヲ流ス 江戸期最大の寛保水害・西国大名による手伝い普請』(回答資料)
ウェブサイトの最終アクセス日は2014年12月23日。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
関東地方  (213 9版)
河海工学.河川工学  (517 9版)
参考資料
(Reference materials)
『天、一切ヲ流ス 江戸期最大の寛保水害・西国大名による手伝い普請』(高崎哲郎著 鹿島出版会 2001), ISBN 4-306-09367-0
『江戸幕府治水政策史の研究』(大谷貞夫著 雄山閣出版 1996), ISBN 4-639-01396-5
『妻沼史談 研究紀要 3』(金谷俊夫編 妻沼地域文化財調査研究会 2008)
キーワード
(Keywords)
寛保2年大洪水
中条提修理
毛利藩吉川家
熊谷市
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000187610解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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