レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年06月08日
- 登録日時
- 2012/08/27 20:17
- 更新日時
- 2015/03/05 11:22
- 提供館
- 京都市図書館 (2210023)
- 管理番号
- 京都市中央2012-010
- 質問
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解決
京都市北区に,源義経(牛若丸)の【産湯の井戸】が2か所あるらしいが,地誌などの郷土資料に記述はあるか。
- 回答
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1『昭和京都名所図会 5 洛中』(竹村 俊則/著 駸々堂出版 1984)
p103【牛若丸誕生井】あり。文中に【牛若丸産湯の井戸跡】もあり。
[同一地域に二つの牛若丸誕生井があるのはいぶかしいが,これも義朝の別館が単に紫竹にありという漠然とした伝説によるからであろう。]
この文の脚注に[この伝説は,「異本義経記」(「山城名勝志」巻11所収)に「義経,平治元年乙卯,洛北紫竹ニテ生ル」云々の一文に因る。]とあり。
1に挙げられた文献「山城名勝志 巻11」について
●『新修京都叢書 第14巻 山城名勝志 坤』(野間 光辰/編,新修京都叢書刊行会/編著 臨川書店 1971)
p34【源義経誕生所】あり。
2『京都民俗志(改訂)』(井上 頼寿/著 平凡社 1968)
p41【牛若丸誕生井】あり。文中に[同じく…,やはり産湯の井戸と伝えているのがある。][洛陽名所集巻8には,常磐故御所(ときわふるごしょ)は大源菴(たいげんあん)で閣殿(かくでん)のうしろに古井があると見える。]とあり。
2に挙げられた文献「洛陽名所集 巻8」について
●『新修京都叢書 第11巻(洛陽名所集 ほか所収)』(野間 光辰/編 臨川書店 1976)
p426【今宮】文中に【常磐故御所】あり。
3『日本歴史地名大系 27 京都市の地名』(平凡社 1979)
p476~477【大源庵(だいげんあん)跡】文中に[牛若丸誕生井が残る。][「山州名跡志」は「大源」は源義朝の別荘地であったという伝承にちなみ…][「上賀茂行程」も…,当所を源家の旧跡地として伝える。]とあり。
p477【牛若丸誕生井】文中に「名所都鳥」「山州名跡志」の紹介あり。
3に挙げられた文献「山州名跡志」「上賀茂行程」「名所都鳥」について
●『新修京都叢書 第15巻 山州名跡志 乾』(野間 光辰/編,新修京都叢書刊行会/編著 臨川書店 1969)
p202【常盤第】【大源菴】あり。
●『新修京都叢書 第12巻 近畿歴覧記(「上賀茂行程」ほか所収)』(野間 光辰/編,新修京都叢書刊行会/編著 臨川書店 1971)
p20文中に【大源菴】あり。
●『新修京都叢書 第5巻(「名所都鳥」ほか所収)』(野間 光辰/編 臨川書店 1976)
p108【産湯水 愛宕郡】あり。
- 回答プロセス
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◎【産湯の井戸】について確認する。
以下のウェブサイトで【牛若丸誕生井(うしわかまるたんじょうのい)】【源義経産湯井遺址(みなもとのよしつねうぶゆのいし)】の石標写真,所在地,建立年,位置図などが確認できる。二つとも大正期建立とされ,所在地は「(京都市)北区紫竹牛若町」だが,位置図によって違う場所とわかる。
「京都市歴史資料館情報提供システム フィールドミュージアム京都」http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/fm/index.htmlトップページより「一覧から探す」→「人名一覧」→「源義経」→「誕生井」「産湯の跡」(2012年9月5日確認)
【牛若丸誕生井】[誕生時にこの井水を産湯に汲んだという伝説がある。][建立者の上野家は,義朝に仕えたという伝承をもつ旧家である。]
【源義経産湯井遺址】[誕生時にこの井水を産湯に汲んだとも伝える。][のちに大徳寺の末寺大源庵がこの地に建立されたが,廃寺となった。]
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 9版)
- 近畿地方 (216 9版)
- 日本 (291 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 源 義経
- 京都市-紀行・案内記
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000110671