レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年08月24日
- 登録日時
- 2021/09/30 00:30
- 更新日時
- 2022/10/29 00:30
- 管理番号
- 5521007498
- 質問
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解決
江戸時代に大阪の島之内にあった銅吹所について知りたい。
- 回答
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『中央区史跡文化事典 改訂版』p.67(資料1)の「住友銅吹所跡」の項目によると「島之内1丁目は、寛永年間(一六四〇年頃)住友家2代・友以(とももち)によって開かれた銅精錬所があった一帯である。このあたりは東横堀川、西横堀川、長堀川など、舟運(しゅううん)の利便性を活用して多くの銅吹所があった。江戸時代、日本は世界有数の銅産国であり、全国からこの地に粗銅が集まった。住友銅吹所は日本最大の銅精錬所で、日本の生産量の3分の1を精錬。」とあります。
なお、住友銅吹所は明治7(1874)年頃まで続き、その跡地は住友家居宅と庭園に使用されました。現在は、島之内1丁目6番7号に石碑「住友銅吹所跡」が建っています。
『中央区史跡文化事典 改訂版』は大阪市中央区ホームページで、デジタルブックとして公開されています。
・中央区の魅力をギュッとひとまとめ(区政情報中央区制30周年)
https://www.city.osaka.lg.jp/chuo/page/0000462563.html (2021.12.28確認)
p.67はデジタルブックの74ページです。
住友銅吹所の設立年は『大阪史蹟辞典』p.311(資料2)、『大阪市中央区住友銅吹所跡発掘調査報告 -住友銀行鰻谷新システムセンター建設に伴う発掘調査報告書- 本文』(資料3)p.19に記載があり、ともに1636年(寛永十三年)とあります。
住友銅吹所の概要については、上記(資料3)の第三章「住友銅吹所の概要」に詳しく、p.23-26には「住友長堀銅吹所関連年表」が掲載されています。
また、『住友の歴史 上巻』(資料4)p.157-168にも銅吹所の沿革、運営についての記述があります。
大阪と銅の関係については『よみがえる銅 -南蛮吹きと住友銅吹所- 特別展』(資料5)に、「銅鉱石には銀が含まれることが多かったので『南蛮吹き』とよばれる技術で銀と銅が分けられ、精錬された。」「銅は重要輸出品のため幕府の統制下にあり、そのための役所として銅座が設置されていた時期もある。」「明治になって幕府の統制がなくなり、住友銅吹所は四国の別子銅山へと移転した。しかし、大阪には貨幣の製造場である造幣寮(後の造幣局)が作られ銅関連の企業や工場もたくさんあった。」と書かれています。また、銅吹所が成立する以前の銅生産の事情、住友銅吹所を含む大坂の銅吹所と南蛮吹きの技法、近現代の銅生産等について記述があります。
- 回答プロセス
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1.大阪と中央区に関する事典類を確認、(資料1)(資料2)が見つかる。
2.当館所蔵検索をキーワード“住友銅吹所”で検索、(資料3)(資料5)が見つかる。
3.大阪府立中之島図書館「おおさかポータル」( http://www.library.pref.osaka.jp/site/osakaportal/ )をキーワード“住友銅吹所”で検索、既に発見した資料以上に詳しい資料なし。
4.当館所蔵検索をフリーワード“住友 銅 歴史”で検索、(資料4)が見つかる。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291 9版)
- 参考資料
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- 当館書誌ID <0012197943> 中央区史跡文化事典 :改訂版 大阪市中央区役所 2010.11 (資料1)
- 当館書誌ID <0000214926> 大阪史蹟辞典 三善 貞司/編 清文堂 1986.7 9784792423414 (資料2)
- 当館書誌ID <0000706917> 大阪市中央区住友銅吹所跡発掘調査報告 -住友銀行鰻谷新システムセンター建設に伴う発掘調査報告書- 本文 大阪市文化財協会/編集 大阪市文化財協会 1998.3 (資料3)
- 当館書誌ID <0012797477> 住友の歴史 上巻 朝尾 直弘/監修 思文閣出版 2013.8 978-4-7842-1703-8 (資料4)
- 当館書誌ID <0010716742> よみがえる銅 -南蛮吹きと住友銅吹所- 大阪歴史博物館/編集 大阪歴史博物館 2003.10 (資料5)
- キーワード
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- 大阪府大阪市中央区
- 住友銅吹所
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000305259