レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年06月03日
- 登録日時
- 2022/02/03 11:00
- 更新日時
- 2022/02/22 08:28
- 管理番号
- 中央-1-0021514
- 質問
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解決
さいたま市南区沼影にある廣田寺の歴史について知りたい。
- 回答
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下記資料を紹介した。
●廣田寺の歴史に関する本
(1)『浦和No123』「浦和」編集室 1979年
p48-49 「やさしい浦和の歴史19」中世の浦和 室町時代5 青木義脩/著
半ページほどが、沼影広田寺に関する記述。
(以下、一部抜粋)
「(略)広田寺や観音堂の歴史は古く、すでに室町時代の永正四年(ちょうど私年号の弥勒二年が使われた年)には存在していたことが古文書によって知られています。(略)」
(2)『埼玉地方史 第10号~第19号』埼玉県地方史研究会/編 埼玉県地方史研究会 1981-1986年
「埼玉地方史 15号」1983年 p27-28
「〈研究ノート〉武蔵国における伊豆上人宥祥の事績-鶴岡八幡宮領佐々目郷広田寺をめぐって」湯山学/著 が収録されている。
(3)『浦和No49』「浦和」編集室 1973年
p9-13 「浦和郷土史再見5」沼影の民家と寺 宮内正勝/著
広田寺の観音堂や庚申塔についての記述があり。
(4)『さいたま市史料叢書 3 寺院明細帳編 1』さいたま市総務局総務部市政情報課/編 さいたま市 2004年
p22-25 「7 天台宗 廣田寺(沼影)」の項目あり。
(5)『さいたま市史料叢書 5 寺院明細帳編 3 堂庵明細帳編』さいたま市総務局総務部市政情報課/編 さいたま市 2006年
p147-148 「14 天台宗 観音堂(沼影)」の項目あり。
(6)『新篇武蔵風土記稿 6』林述斎/編 歴史図書社 1969年
p94 「廣田寺 天台宗江戸東叡山末鶴住山普光院ト號セリ本尊ハ大日ヲ安ス」とあり。
●(1)で書かれている古文書(広田寺文書)に関する本
(7)『浦和市史 第2巻[1] 古代中世史料編 1』浦和市総務部市史編さん室/編 浦和市 1977年
p439-440
永正四年五月十五日の「鶴岡八幡宮領佐々目郷補任状(浦和市沼影 広田寺旧蔵)」の画像と書き写し文がある。
(8)『浦和市文化財調査報告書 第41集』浦和市教育委員会/編 浦和市教育委員会 1997年
p7-9「沼影観音堂関係文書」
(7)と同じ補任状ほか、年代が違う補任状もあわせて計3通の画像と書き写し文がある。
(9)『上尾市史 第2巻 資料編 古代・中世 近世1 2』上尾市教育委員会/編集 上尾市 1992年
p233、p235、p291に(8)と同じ補任状3通の読み下し文と解説がある。
●文化財や天然記念物に指定されている厨子や観音立像、絵馬、イヌマキ(木)に関する本
(10)『浦和市文化財調査報告書 第29集』浦和市教育委員会/編 浦和市教育委員会 1984年
p5-8
沼影観音堂厨子の概要と写真あり。
(11)『浦和の文化財』浦和市教育委員会/編 浦和市教育委員会 1986年
p27
沼影観音堂厨子のカラー写真と説明あり。
(12)『浦和の古建築』浦和市教育委員会/編 浦和市 1999年
p26
沼影観音堂厨子のカラー写真と説明あり。
(13)『浦和市史 民俗編』浦和市総務部市史編さん室/編 浦和市 1980年
p794-795
広田寺の観音様、縁起絵馬についての解説と写真あり。
(14)『浦和No73』「浦和」編集室 1975年
p12-14 「浦和の伝説11」 韮塚一三郎/著
「廣田寺(沼影)観音物語」と題する、絵馬に関連した伝説について紹介されている。
(15)『浦和市文化財調査報告書 第22集』浦和市教育委員会/編集 浦和市教育委員会 1977年
p16-19 「広田寺本尊縁起絵馬」の概要と写真あり。
(16)『浦和市文化財調査報告書 第38集』浦和市教育委員会/編集 浦和市教育委員会 1994年
p12-13 沼影観音堂の前にあるイヌマキについて、概要と写真あり。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 寺院.僧職 (185 10版)
- 関東地方 (213 10版)
- 参考資料
- キーワード
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- 廣田寺
- さいたま市南区
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000311709