●当館所蔵資料及びネット情報等を総合し、以下の点を確認した。
・作曲者の部屋の壁に、「冨嶽三十六景-神奈川沖波裏」がかけてあった。
・初版楽譜に似た絵柄が使われた。
・似た絵柄と言っても、初版楽譜の絵と北斎の画集の絵を比べると、印象として似ているとも言えるが、
肝心の富士山の部分を欠いており、舟もなく、波の表現の細部も著しく違い、全体の色も違っている。
*確認できた3点の状況からは、絵から直接、曲想、インスピレーション、着想等を得たとは明言で
きず、ネット等でよく見受ける「北斎の絵〔版画〕を使用した」と言う表現も、「曲想を得た」といった連想や
誤解を招きやすい記述と言える。
*以下に調査状況を記すが、「曲想を得た」と書かれた資料は発見できなかったというのが、本質問
に対する回答である。(2013.11.30現在)
◎以下の当館参考図書を調査したが、「曲想を得た」と言う記述(表現)は見つけられなかった。(2013.11.7現在)
・" Music inspired by art : a guide to recordings / Gary Evans"
特に、Katusshika, Hokusaiの項には、他の作曲家の名前が並ぶものの
最も有名なドビュッシーの名が見られないのは、意図的に落としている可能
性が高いものと推測できる。
他に、次の参考図書類にもあたったが、確認できなかった。
・"Catalogue de l'œuvre de Claude Debussy / François Lesure"
・『 ドビュッシー / 音楽之友社編 』(作曲家別名曲解説ライブラリー ; 10)
●Debussyの研究書(論文)でも、、「曲想を得た」という記述(表現)は見つけら
れなかった。以下に、確認した主な文献を挙げる。
・『ドビュッシー』(永遠の音楽家) ジャン・パラケ著 平島正郎訳 白水社
・沼野雄司「C.ドビュッシー《海》研究序説-第1曲を中心に」 東京音楽大学
『研究紀要』 23
・"Debussy, La mer / Simon Trezise" Cambridge ; New York : Cambridge
University Press, 1994
●ネット情報の中には、「インスピレーションを受けた」と断言しているものもある(2013.6現在)が、
典拠は示されていなかった。
・ただし、音楽教科書で習ったという記事があったので、当館所蔵の中学校、高校の音楽教科書
及びその(指導用、教師用、教授)資料を調べたが、「曲想を得た」という記述のあるものは発見
できなかった。
・特に、最も詳細・丁寧に書かれている『高校音楽. 1 Music view』(教育出版 2013) も、
“万国博覧会とジャポニズム(日本趣味)”(p.87)というの囲み記事の中で、「…ドビュッシー
も 『海』の初版の楽譜で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」を表紙に使っている。」とだけ書き、曲想に
ついては明言していなかった。
・しかしながら、この文章は、初版譜が直接的に北斎の版画を使用しているかのように受け取れるた
め、誤解を招きやすい記述と言えよう。
・なお、この囲み記事は、「印象主義と音楽 19世紀末~20世紀初頭 フランスを中心におきた新し
い芸術の波」の中に収められているが、p.86には葛飾北斎の版画を、p.87には『海』の初版楽譜の
表紙を同時に掲載している。それらの絵を見ても北斎の版画と初版譜の絵は、全く別物と思われる
のだが…。(2つの絵の主な違いについては、本回答冒頭の確認点をご参照くだい。)
・又、『音楽 : 教授資料. 1 / 教育出版株式会社編集局編 』p54〔1994〕の交響詩 「海」の解説では、
当該の絵については、触れてもいない。
◆レファレンス協同データベース、参考事例「ドビュッシー作曲の管弦楽曲「海」が、
葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景~神奈川沖波裏」に曲想を得ているように、
絵画と音楽の関係について書いてある本がないか。」(京都府立高等学校図書
館協議会司書部会 京高図司-2012-02)は大変参考になる事例であった。
中でも「備考:*図書や雑誌記事にあたるうち、「海」の初版スコアの表紙に、
「神奈川沖波裏」に似た絵柄が使われてることが判明。 また、「海」を書き始め
た1903年夏、ドビュッシーは 「自分の記憶の中の海を描く」と手紙で書いている
ことも判明。質問の出発点に疑義が生じることになった。文献紹介が、事実調査
的な意味合いをもつこととなった。」 は重要な記述と思われる。
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000127719◆当館でも、2007/2に、「絵画と音楽」の展示をおこなっている。
http://www.lib.kunitachi.ac.jp/tenji/2006/tenji0702.pdf (2013.8.28現在)
・ただし、上記PDF中の記述に「…富嶽三十六景から・・・着想を与えられたと言わ
れている」に関し、直接的に着想を断言する資料を発見できなかったものの、
影響をうかがわせる情報を追加情報として以下に挙げるものとする。
"ドビュッシーが、葛飾北斎の『冨嶽三十六景』中の《神奈川沖波裏》…に魅了されて、
1905年に交響詩《海》のスコアの表紙にこのイメージを模倣したのもクローデルからの
影響であったであろう。・・・ドビュッシーは、これに音の様態が人間的な存在や感情を
超えて不断の推進力を確定していく様を想像して交響詩《海》を作曲し、フィナーレに
おいては大波が落ちる様を表現したのであろうか。"「音楽は絵のごとく-ドビュッシーと
美術/ドビュッシーと日本 / 新畑泰秀」『音楽と美術 : 印象派と象徴派のあいだで /
石橋財団ブリヂストン美術館,日本経済新聞社文化事業部編』 p.61
・上記記述は考えようによっては、「着想」と言えなくもないが、この記述自体、疑問形、
あるいは推測文と思われる。
◎よって、2013年現在、少なくとも音楽研究書の範囲では、「曲想を得た」とまでを認知
する段階に至っていないと判断し、本件回答は、冒頭に述べた結論と、調査で知りえた
確認事項に尽きるものとする。