レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013/12/20
- 登録日時
- 2014/01/06 00:30
- 更新日時
- 2014/03/22 18:59
- 管理番号
- 6000014064
- 質問
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解決
日露戦争での評価が芳しくない伊地知幸介に関して、その評価を見直す説があると知ったが、読めないか。
- 回答
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桑原嶽『市ヶ谷台に学んだ人々』(文京出版)、『坂の上の雲5つの疑問』(並木書房)を提供した。
- 回答プロセス
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『明治時代史大辞典』(吉川弘文館)には「第三軍が旅順攻略に苦戦したこともあり、参謀長には不適格とされた。当時の軍資料や後世の史料もその多くが無能な軍人として評価する」とだけあった。
『日露戦争兵器・人物事典』(学研パブリッシング)には日清戦争前の的確な朝鮮半島情勢の把握や、日露戦争前の外交分野での活躍などにも触れているが、日露戦争との関わりでは優柔不断のため失敗、左遷という評価のみが紹介されていた。
書架にあった資料では上記のような内容の記述しか見つからなかった。
そこでweb上で参考になるようなサイトを探したところ、ウィキペディアの伊地知幸介の項に評価についての記事があった。否定的な評価と肯定的な評価が出典を示して紹介されており、肯定的なものとして挙がっているものから提供できる資料を取寄せて、ご覧いただくことにした。
桑原嶽『市ヶ谷台に学んだ人々』(文京出版)p4
「伊地知は二度のドイツ留学をはじめ長い海外勤務と中央部の要職を経験した超エリートであったが、司馬遼太郎の小説では馬鹿の標本のようにこきおろされている。司馬氏だけでなく陸軍部内の評判もあまりよくない。これは伊地知と犬猿の仲であった同期生の井口や長岡の談話がでている谷中将の機密日露戦史の影響もあるが、旅順攻略に予想外の時間がかかり莫大な損害をだした非難を受けていることは事実である。しかしこの非難が間違っていることも事実であろう。かりに軍司令官や参謀長が誰であっても、あの程度の時日と損害は避けられなかったのも結果からみて推測できる。」
『坂の上の雲5つの疑問』(並木書房)
長南政義「坂の上の雲には描かれなかった謀将伊地知幸介」
ゲームジャーナル編集部「実は長岡外史の思い違いだった二十八サンチ砲送ルニ及バズ」
『「坂の上の雲」人物読本』(文藝春秋)p222
文春文庫新装版『坂の上の雲』でのおもな登場ヵ所一覧あり
- 事前調査事項
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評価見直しの動きがあるということを以前、何かで読んだが、書名等おぼえていない。
- NDC
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- 個人伝記 (289 9版)
- 陸軍 (396 9版)
- 参考資料
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- 『市ケ谷台に学んだ人々』桑原 岳/著(文京出版) (p4)
- 『明治時代史大辞典 1』宮地 正人/編(吉川弘文館) (p117)
- 『日本人名大事典 1』(平凡社) (p236)
- 『日露戦争兵器・人物事典』歴史群像編集部/編(学研パブリッシング) (p108-109)
- 『類聚伝記 大日本史第14巻』(雄山閣出版)
- 『旅順攻防戦の真実』別宮 暖朗/著(PHP研究所)
- 『歴史小説の罠』福井雄三(総和社)
- キーワード
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- 伊地知幸介(イジチコウスケ)
- 日露戦争
- 伝記
- 鹿児島県
- 坂の上の雲
- 陸軍
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000143008