レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019/03/01
- 登録日時
- 2019/03/27 00:30
- 更新日時
- 2019/04/06 00:30
- 管理番号
- 6001037466
- 質問
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解決
大阪・新世界の「ルナパーク」の初代通天閣とホワイトタワー間で運行されていたロープウェイは、日本で初めてのロープウェイと聞いたが本当か知りたい。
- 回答
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以下の資料に記載がありました。
・『日本近代の架空索道』(斎藤達男/著 コロナ社 1985)
ロープウェイの歴史について記載されている資料です。
「1.日本における初期の旅客索道」内にある「1-2 日本における近代の旅客索道」(p.9-15)および「1-3 新世界ルナパークのロープウェイ」(p.15-20)にルナパークにあったロープウェイについて記載があります。
p.10 「明治3年鹿児島県佐多岬灯台建設にあたり鋼索を用いたこの種の架空索道が架設された(図1-12)。日本における近代的架空索道(広義の)最初のものと見ることができる」
p.11 「今日の常識からする最初の架空索道は、明治23(1890)年10月開通した足尾銅山,細尾峠のハリジー式単線固定循環式索道としている。」
「新世界ルナパークのロープウェイは,細尾峠に架空索道が開通してから22年後であり,ミラノ博覧会 で運転されて18年後となる。佐多岬灯台の架空索道が明治3年といわれるとすれば,38年後でこの旅客索道は近代的籠渡しに相当する」
p.15 「日本で機械力を用いたいわゆる近代的な人を乗せる架空索道(広義の旅客索道)が運転されたのは,明治45年7月新世界ルナパークのロープウェイが最初である。」
p.19 「新世界ルナパークのロープウェイはこの計画のために作られたものではなく,1894(明治27)年に開催されたミラノ博覧会会場に旅客索道の開発・製造を考えていたセレッティ・タンハニー社が架設し会期中入場者を載せて運転したものである。(中略)そしてこれが日本に渡って明治45(1912)年新世界ルナパークに売り渡されたものである。」
・『大阪モダン 通天閣と新世界』(橋爪紳也/著 NTT出版 1996)
「3 旅の修辞学~街のデザイニング~」内にある「3月の公園」(p.89-95)に「通天閣のルーフガーデンとこのホワイトタワーの中腹部分は、二条の鉄索で連絡されていた。そこに四人乗りの「飛行機型の鉄車」が吊るされていた。大阪で初のロープウェイである。」(p.94)との記述があります。
・『特殊鉄道とロープウェイ 交通ブックス』(生方良雄/著 交通研究協会 1995)
「第七章 ロープウェイ」の中にある「日本のロープウェイの始まり」(p.147-150)に「明治最後の年一九一二年に、大阪天王寺公園の西隣に新世界ルナパークが開場し、シンボルとなった通天閣も建てられました。そしてここに日本で初めての旅客用ロープウェイが架設されました」(p.148)との記述があります。
〔事例作成日:2019年3月1日〕
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 鉄道運輸 (686 10版)
- 参考資料
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- 日本近代の架空索道 斎藤達男著 コロナ社 1985.8
- 大阪モダン 橋爪/紳也∥著 NTT出版 1996.7
- 特殊鉄道とロープウェイ 生方/良雄∥著 交通研究協会 1995.11
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 大阪
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000254007