レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2015年07月10日
- 登録日時
- 2016/03/02 11:08
- 更新日時
- 2016/03/02 11:08
- 管理番号
- tr405
- 質問
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解決
日光社参の時に徳川将軍が通った、神橋から日光東照宮までの道順が知りたい。
- 回答
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神橋から日光東照宮までの道順を明確に示す資料は確認できませんでしたが、参考になると思われる資料をご紹介します。
・『日光東照宮 日光東照宮400年式年大祭記念』(須田慎太郎/撮影・文 集英社インターナショナル 2015)
「日光への道 将軍社参と日光街道」(p.136-143)が所収されています。
小見出し「社参の行列と将軍専用の日光御成道」(p.136-137)に、将軍の行動として次の記述があります。
「神橋の手前の下乗石で輿を降り、将軍のみが神橋を徒歩で渡り(略)ふたたび輿に乗って長坂をのぼり、宿所となる山内の御成御殿へと向かった。」
御成御殿については、p.137-138に記述があります。
小見出し「将軍の参拝」(p.139)には、家康の命日である4月17日に行われる祭に関連した将軍の移動経路について次の記述があります。
「本坊の車寄せから輿に乗り、石鳥居、表門、銅鳥居を通って輿を降り、大石段を徒歩でのぼって陽明門を潜り(略)手水を使い、拝殿階下において(略)幹部たちの出迎えを受ける。」
・『日光道』(芳賀登/編 筑摩書房 1976)
p.35に「将軍家慶日光社参時の神橋付近警備の図」と「将軍家慶日光社参時の東照宮表門前警備の図」が掲載されています。
警備の配置から、将軍が通った道を推測することができると思われます。
・『大日光 42号』(日光東照宮/編、発行 1974)
長谷章久/著「将軍家の日光社参」(p.50-54)
p.53に将軍の日光での行動に関する少量の記述があります。
・『日本交通史論叢 復刻版』(大島延次郎/著 法政大学出版局 1969)
「日光社参」(p.348-374)
p.368-372の「日光の滞在」には、「将軍の日光滞在中の宿舎は何處であつたか。」という切り口で記述があります。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 関東地方 (213)
- 参考資料
- キーワード
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- 日光参詣
- 日光社参
- 日光東照宮
- 徳川家康
- 近世
- 江戸時代
- 栃木県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 書誌的事項調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000188756