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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
千葉県立西部図書館 (2120003)管理番号
(Control number)
千県西-2020-0001
事例作成日
(Creation date)
2020年06月30日登録日時
(Registration date)
2021年01月21日 10時25分更新日時
(Last update)
2021年01月21日 12時32分
質問
(Question)
主に近代以降の疫病にまつわる石碑について、千葉県内にどのようなものがあるか知りたい。供養碑、慰霊碑、顕彰碑、頌徳碑、記念碑など。
回答
(Answer)
以下、関連資料を紹介します。
【資料1】『千葉県伝染病史』(川村純一著 崙書房出版 2004)
p116-157「防疫のために尽力した人々」
藩主2名、医師8名、豪商2名を取り上げています。
このうち次の人物については記念碑・顕彰碑の碑文が載っています。
医師「井上宗端」
医師「佐藤泰然」
藩主「堀田正睦」
豪商「濱口梧陵」
医師「三枝俊徳」
医師「佐藤尚中」
医師「関寛齋」
豪商「大野伝兵衛」
p158-171「防疫活動中殉職した人々」
医師2名と警察官21名を取り上げています。
医師「沼野玄昌」碑文あり。
医師「飯田立甫」碑文あり。

【資料2】『千葉県警察職員殉職者顕彰録』(千葉県警察本部 2004)
防疫活動に関する人物として21名を取り上げています。
各人物について略歴、殉職の経緯、碑の写真、碑文などが載っています。
コレラの防疫活動による殉職者、明治期8名、大正期1名
腸チフスの防疫活動による殉職者、明治期8名、大正期1名、昭和期1名
天然痘の防疫活動による殉職者、明治期1名
赤痢の防疫活動による殉職者、昭和期1名

【資料3】『明治医事往来』(立川昭二著 新潮社 1986)
p60-66「ある殉難碑」
千葉県鴨川市にある沼野玄昌の碑の写真が載っています。

【資料4】『写真で見るもばら風土記シリーズ』13・14合併号(茂原市教育委員会社会教育課 1995)
p46「疫病防除記念碑」(渋谷 行光寺境内)
昭和12年に腸チフスが流行したことを受けて建立されたもののようです。

また、上の資料に掲載の人物と重複するかもしれませんが、関連の新聞記事を紹介します。
【資料5】「銚子警察署OBが殉難警察官を慰霊 千葉」(『読売新聞』2005年9月24日 朝刊)p25
銚子警察署のOBたちが飯沼観音境内にある「殉難警察官の碑」を訪れ、慰霊したという記事です。この碑には、腸チフスをめぐる救護活動中に感染して亡くなった和知季治巡査がまつられています。

【資料6】「住民守った先輩に黙とうし精勤誓う 銚子署殉難警官慰霊碑参拝」(『千葉日報』平成12年9月19日)県東
明治以降に殉職した銚子署員10人の中に、腸チフス防疫活動中に感染した和知季治巡査(1888年6月)と久我平作巡査(1932年9月)がいます。

【資料7】「八日市場署員 管内の殉職慰霊碑を墓参 先輩の遺徳しのぶ」(『千葉日報』昭和63年8月18日)北総版
石毛留吉巡査は明治23年10月21日、コレラの防疫活動中にり患し殉職、八日市場高に慰霊碑があります。また、椎名新五郎巡査は明治37年10月9日、腸チフスの防疫活動中にり患し病死、同市吉田に慰霊碑があります。

【資料8】「天然痘検疫で病没の巡査 94年ぶり殉職碑判明 佐倉 警察署「末長く模範に」」(『千葉日報』昭和62年10月5日)北総版
【資料9】「天然痘で殉職した警察官の碑 子孫が94年ぶり対面 佐倉・宗円寺」(『千葉日報』昭和62年11月28日)北総版
【資料10】「先人の遺徳しのぶ 佐倉署の幹部 殉難警察官の碑慰霊」(『千葉日報』平成2年4月3日)北総版
明治25年、天然痘患者の検視中にり患し病死した戸村芳蔵巡査の慰霊碑が、新町90の宗円寺境内にあります。

【資料11】「殉職警官の碑建立 館山地区警友会が慰霊祭」(『千葉日報』昭和63年9月26日)南総版
館山署管内で殉職した警察官4人の合同慰霊碑が龍樹院久保浜霊園にあります。その中に、明治12年コレラの防疫活動にあたって感染し、亡くなった左右田豊巡査と、大正13年発生した腸チフスの防疫活動に従事し、翌14年感染、殉職した土屋勇次巡査がいます。

【資料12】「鎮魂の碑 壮絶な死に思いはせ、しんみり」(『読売新聞』1987年12月13日 朝刊)p23
コレラに対する防疫活動中に殉職した左右田豊という警察官の慰霊碑が竜樹院境内にあり、供養祭が営まれたという記事です。

【資料13】「殉職警官慰霊祭 地域住民ら参列 館山署管内 千葉」(『毎日新聞』2016.08.26)p25
明治期から昭和期にかけて殉職した館山署管内の巡査7人の慰霊祭が館山市布良の龍樹院で行われたという記事です。明治時代の防疫活動中に亡くなった巡査を慰霊するため、地域の人たちが建てた石碑があります。

【資料14】「神田吉右衛門の業績を紹介 内村鑑三を宗教家に導いた漁業家 館山で講座 千葉県」(『朝日新聞』2013年02月15日 朝刊)p29
村の大火やコレラ流行で対策の先頭に立ったという神田吉右衛門についての記事です。そのような業績が旧富崎小学校の「神田君碑」に記されています。

さらに、以下のような資料もあります。
【資料15】『ドイツ兵士の見たニッポン 習志野俘虜収容所』(習志野市教育委員会編 丸善 2001)
p129「船橋市営習志野霊園に、ドイツ兵30名を祀る慰霊碑がある。(中略)習志野収容所では、スペイン風邪による死者25名、その他持病の悪化などによる死者5名、計30名のドイツ兵が亡くなった(後略)」
回答プロセス
(Answering process)
当館の郷土資料の書架NDC49(医学)付近をブラウジングして【資料1】が見つかりました。
【資料1】は人物ごとに参考文献を挙げています。(例『コレラ医玄昌・沼野家の記録』(沼野元昌著 共栄書房 1978)、『日本疫史及防疫史』山崎佐著(克誠堂書店 1931)など)

その中に挙げられていた次の資料を参照しました。
『千葉県警察史 第1巻』(千葉県警察本部 1981)
p666「沼野玄昌事件」
p668「伝染病予防救治による殉職」
「明治、大正を通じて勤務中この伝染病に感染し、職に殉じたものは本県において19名にも及んだ。」という記述があります。
p738-743「殉職警察官の弔慰 顕彰小録」
殉職者の氏名、年月日、概要が一覧になっています。この中にコレラ等で殉職した警察官がいます。ただし碑文に関する記述は見当たりません。出典として「千葉縣殉難警察官彰功録」が挙げられています。

『千葉縣殉難警察官彰功録』(千葉縣警察彰功會 1911)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/785353
県立図書館で所蔵していますが、国会図書館デジタルコレクション(インターネット公開)でも本文閲覧できます。
また、同じ書名で昭和期に刊行されたものは、より多くの人物を取り上げています。
『千葉縣殉難警察官彰功録』(千葉縣警察彰功會 1928)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1276002
国会図書館デジタルコレクション(インターネット公開)で本文閲覧できます。
これらの資料に殉職に到った経緯が書かれていますが、碑文についての記述は見当たりません。

続いて、千葉県立図書館ホームページ「菜の花ライブラリー」( http://www.library.pref.chiba.lg.jp/nanohana/ )で次のキーワードにより検索した結果から『千葉日報』の関連記事【資料6】から【資料11】が見つかりました。
「伝染」「感染」「防疫」「天然痘」「コレラ」「腸チフス」「警察」「殉職」「殉難」「供養碑」「慰霊碑」「記念碑」「石碑」など

同様に、新聞記事データベースで各紙の記事を検索しました。
読売新聞社「ヨミダス歴史館」【資料5】【資料12】
毎日新聞社「毎索」【資料13】
朝日新聞社「聞蔵Ⅱビジュアル」【資料14】のほか、次の記事から【資料2】に到りました。
「殉職73人、顕彰録発刊 県警が76年ぶりに編集 千葉」(『朝日新聞』2004年8月14日 朝刊)p28
「明治初期に警察組織が創設されて以来の殉職警察官についてまとめた「千葉県警察職員殉職者顕彰録」を県警が発行した。」「コレラの防疫活動や犯人逮捕など殉職時の任務や職歴、殉職場所に建てられた碑の写真、碑文も記される。」とのことです。

また、次のキーワードによりWebcat Plus Minusで検索した結果から【資料3】が、当館の蔵書検索システムで千葉県資料に限定して検索した結果から【資料4】がそれぞれ見つかりました。
「千葉」「伝染」「感染」「防疫」「天然痘」「コレラ」「腸チフス」「警察」「殉職」「殉難」「供養碑」「慰霊碑」「記念碑」「石碑」など

さらに、質問者からの事前調査事項にあった「ドイツ兵の名が刻まれた碑」についても参考資料を探しました。Googleブックスで「船橋」「習志野」「ドイツ」「供養碑」「慰霊碑」「感染」「伝染」などのキーワードにより検索したところ【資料15】が見つかりました。

なお、石碑等に関する郷土資料を網羅的に調査することは難しいので、参考までに調べ方を伝えます。
・千葉県立図書館ホームページ「図書・雑誌・視聴覚資料検索」を開きます。
・資料種別で「千葉県資料」にのみチェックを残します。
・件名に「石造」と入力、または書名に「石造」や「金石文」と入力して検索します。

(インターネット最終アクセス:2020年12月11日)
事前調査事項
(Preliminary research)
千葉県船橋市にドイツ兵の名が刻まれた碑があるようだ。これも疫病関係と思われる。
NDC
関東地方  (213 9版)
内科学  (493 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『千葉県伝染病史』(川村純一著 崙書房出版 2004)(1101894618)
【資料2】『千葉県警察職員殉職者顕彰録』(千葉県警察本部 2004)(0200858331)
【資料3】『明治医事往来』(立川昭二著 新潮社 1986)(9103057884)
【資料4】『写真で見るもばら風土記シリーズ』13・14合併号(茂原市教育委員会社会教育課 1995)(0200694856)
【資料5】「銚子警察署OBが殉難警察官を慰霊 千葉」(『読売新聞』2005年9月24日 朝刊)p25
【資料6】「住民守った先輩に黙とうし精勤誓う 銚子署殉難警官慰霊碑参拝」(『千葉日報』平成12年9月19日)県東
【資料7】「八日市場署員 管内の殉職慰霊碑を墓参 先輩の遺徳しのぶ」(『千葉日報』昭和63年8月18日)北総版
【資料8】「天然痘検疫で病没の巡査 94年ぶり殉職碑判明 佐倉 警察署「末長く模範に」」(『千葉日報』昭和62年10月5日)北総版
【資料9】「天然痘で殉職した警察官の碑 子孫が94年ぶり対面 佐倉・宗円寺」(『千葉日報』昭和62年11月28日)北総版
【資料10】「先人の遺徳しのぶ 佐倉署の幹部 殉難警察官の碑慰霊」(『千葉日報』平成2年4月3日)北総版
【資料11】「殉職警官の碑建立 館山地区警友会が慰霊祭」(『千葉日報』昭和63年9月26日)南総版
【資料12】「鎮魂の碑 壮絶な死に思いはせ、しんみり」(『読売新聞』1987年12月13日 朝刊)p23
【資料13】「殉職警官慰霊祭 地域住民ら参列 館山署管内 千葉」(『毎日新聞』2016.08.26)p25
【資料14】「神田吉右衛門の業績を紹介 内村鑑三を宗教家に導いた漁業家 館山で講座 千葉県」(『朝日新聞』2013年02月15日 朝刊)p29
【資料15】『ドイツ兵士の見たニッポン 習志野俘虜収容所』(習志野市教育委員会編 丸善 2001)(2101421531)
キーワード
(Keywords)
記念碑
感染症-歴史
感染症対策-歴史
千葉県-鴨川市
千葉県-銚子市
千葉県-匝瑳市
千葉県-館山市
千葉県-佐倉市
千葉県-習志野市
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000292730解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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