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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
大阪府立中央図書館 (2120005)管理番号
(Control number)
OSPR11070011
事例作成日
(Creation date)
2011/07/11登録日時
(Registration date)
2011年12月16日 02時05分更新日時
(Last update)
2011年12月16日 12時59分
質問
(Question)
 佐藤定吉氏について調べています。生年1887年、没年1960年。「イエスの僕」という組織を作り、学生にキリスト教を布教していました。大正期、東北大学工学部の教授でした。その履歴を知りたいのです。特に、「イエスの僕」運動との関わりの中で、また、昭和戦前期の活動履歴を知りたく存じます。

『佐藤定吉追想録』は見ました。
回答
(Answer)
「人物辞典」や伝記・評伝を調べることのできる資料で「佐藤定吉」を当たりましたが、事前調査された『佐藤定吉追想録』以外の資料は確認できませんでした。

『伝記・評伝全情報 45/89:日本・東洋編 上』(日外アソシエーツ 1991.8)には『佐藤定吉追想録』以外に『チョークを持って40年:還暦を回顧して』(佐藤定吉/著 八戸 佐藤定吉/刊行 1965)という資料があると書かれていましたが、『チョークを持って40年』の佐藤定吉氏は「イエスの僕会」を主宰した佐藤定吉氏とは別人でした(この本を所蔵している青森県立図書館に確認しました。1904年に青森県に生まれた教師だそうです)。

『日本キリスト教歴史大事典』(日本キリスト教歴史大事典編集員会/編 教文館 1988.2)580頁に「佐藤定吉(さとうていきち)」の項目があります。
参考文献が『佐藤定吉追想録』ですので、すでにおわかりになっていることかもしれませんが、「イエスの僕会」との関わりを中心に記述を抜粋します。

1887.11.20-1960.12.23。独立伝道者。徳島県富岡町出身。東京帝国大学工科に入学後、1910(明治43)年本郷の弓町本郷教会で海老名弾正から受洗。
1912年7月の大学卒業時に銀時計を授与される。1914(大正3)年7月東北大学教授。1924(大正13)年3月に退職。
同年8月五女慈子の死によって「全東洋を基督へ」の召命を受ける。1926年に月刊誌『科学と宗教』を創刊。東京下落合に産業宗教協会を設立し、信者の企業のコンサルタントになる。1927(昭和2)年5月「イエスの僕会」運動を開始。8月軽井沢で第1回浅間山麓修養会を開いた。1928(昭和3)年から月刊誌『晩鐘』を創刊。翌年には第1回米国伝道旅行を試み、その後も数回にわたって米国、華北、満蒙に伝道旅行にでる。
太平洋戦争勃発の頃から急速に皇国主義的となり、「イエスの僕会」は解散、代わって皇国基督会を発足させた。

同じ事典には「イエスの僕会」の項目も記載されています(89頁)。参考文献は『みちびき』第1号(1981年)に収められた「イエスの僕創立当時を語る」です。以下、抜粋します。

佐藤定吉を中心とした福音的伝道団体。1927(昭和2)年5月「全東洋を基督へ」の標語の下に運動体が結成され、全国的に特に高校生・大学生の間にリヴァイヴァル的伝道を展開した。中枢は東京と京都で、特に京都大学の学生を中心とする僕会は服部新(後に治と改名)の指導下に活躍。東京では1932(昭和7)年に東洋使途神学校を開設し、無教会の指導者たちを援助したが永続しなかった。太平洋戦争勃発後は佐藤自身が日本精神に傾き、会は消滅した。

また、GeNiiという論文や本を調査できるサイトで「佐藤定吉」を検索した結果、
岩瀬誠「日本的キリスト教指導者佐藤定吉の神道理解」『国学院雑誌第93巻第1号』(国学院大学出版部 1992.1)
という論文が見つかりました(この資料は大阪府立中之島図書館の所蔵となります)。

16頁から18頁が「佐藤定吉の信仰形成」となっており、彼の死まで比較的詳しく記述されています。参考文献は『佐藤定吉追想録』が中心ですが、彼の著作『死に直面せる体験』(使途行社 1925)や『科学と宗教 第十輯』(1927.2)も参考にされています。
この記述の後、『皇国日本の信仰』(1937.2)という著作を中心に佐藤定吉氏の「日本的キリスト教信仰における神道観」について述べています。

なお、当館には以下の佐藤定吉氏の著作を所蔵しています。明確な活動履歴は記されていませんが、彼の人となりを知る資料かと思います(【 】内は当館の請求記号です)。

『自然科学と宗教』(佐藤定吉/著 厚生閣書店 1924)【604/141/#】
『科学より宗教への思索』(佐藤定吉/著 イデア書院 1924.7)【110/307/#】
『人生と宗教』(佐藤定吉/著 厚生閣書店 1924.10)【140/355/#】
『科学より観たる人生問題(科学と宗教叢書)』(佐藤定吉/著 厚生閣 1925.3)【110/359/#】
『護謨の研究』(佐藤定吉/著 森本粂逸/著 厚生閣書店 1926.6)【779/181/#】
 →宗教的な記述はありません。
『全地の囁き』(佐藤定吉/著 産業宗教協会 1927.6)【147/1/#】
 →「序」によると1925年5月28日から翌年6月21日までの13カ月に巡った世界旅行の記録です。
『人生を語る』(佐藤定吉/著 厚生閣書店 1935.11)【140/467/#】
 →この本を読んだ後で、もっと人生を学びたい人は「私共同人の出している『晩鐘』という月刊のパンフレットを合わせて読んでいただきたい」と書かれています(2頁)。
『人生と宗教』(佐藤定吉/著 厚生閣書店 1931.12)【140/355/(2)#】
『近代科学と宗教生活』(佐藤定吉/著 厚生閣書店 1931.12)【110/429/#】
『優生学と宗教』(佐藤定吉/著 雄山閣 1933.7)【140/521/#】
『皇民信仰読本』(佐藤定吉/著 実業之日本社 1938.10)【173/1359/#】
※『佐藤定吉追想録』(佐藤先生を偲ぶ会 1970.12)【289.1/2631N/サト】
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
布教.伝道  (197 8版)
参考資料
(Reference materials)
『日本キリスト教歴史大事典』(日本キリスト教歴史大事典編集員会/編 教文館 1988.2)(ページ:580・89)
『全地の囁き』(佐藤定吉/著 産業宗教協会 1927.6)
『人生を語る』(佐藤定吉/著 厚生閣書店 1935.11)
岩瀬誠「日本的キリスト教指導者佐藤定吉の神道理解」『国学院雑誌第93巻第1号』(国学院大学出版部 1992.1)(ページ:16-18)
キーワード
(Keywords)
キリスト教 伝道者
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物・団体
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000098386解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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