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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
京都府立京都学・歴彩館 (2110022)管理番号
(Control number)
京歴-491
事例作成日
(Creation date)
2019年02月14日登録日時
(Registration date)
2020年05月29日 09時39分更新日時
(Last update)
2020年05月29日 11時25分
質問
(Question)
質問:80~100年くらい前(大正8(1919)~昭和14(1939)年頃)に、京都市北区紫野十二坊町あたりにあったという「益井眼科医院」(病院名は定かではない)が載っている地図があったら見たい。
回答
(Answer)
「近代京都オーバーレイマップ」(①)で公開されている「昭和2年頃京都市明細図(長谷川家版)」(②)の該当地域に「益井眼病院」と書かれた建物が載っている。

同じく①の「昭和26年頃京都市明細図(総合資料館版)」(③)にも「益井眼病院」は掲載されているが、昭和2年に益井眼病院があった位置よりもやや南東の位置に移動している。昭和2年に病院があった位置には、京都市電の線路が通っている。

お調べの病院の名称や住所は、当館所蔵の以下の電話帳に記載されている。
『京都電話番號簿,大正15年8月1日現在』(④)p.307
昭和5年の『職業別電話名簿, 京都之部伏見之部大津之部』(⑤)p.14
『京都市電話番号簿,昭和13年4月1日現在』(⑥)p.281
回答プロセス
(Answering process)
該当の期間は大正8(1919)~昭和14(1939)年あたり。
その時期で建物ごとの大きさが大体わかる地図ということで、当館所蔵の行政文書「京都市明細図」に当たりをつける。
「京都市明細図」を含めた地図をインターネットで公開している「近代京都オーバーレイマップ」(①)で、「昭和2年頃京都市明細図(長谷川家版)」(②)、「昭和26年頃京都市明細図(総合資料館版)」(③)を確認した(③の所蔵館である京都府立総合資料館は、当館の前身)。

医院名や住所等を確認するため、当館所蔵の電話帳④⑤⑥を調べた。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291)
参考資料
(Reference materials)
①WEBサイト「近代京都オーバーレイマップ」( https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/ModernKyoto/ )(最終確認日:2020-2-27.)
②昭和2年頃京都市明細図(長谷川家版)
③昭和26年頃京都市明細図(総合資料館版)
④京都中央電話局[編].京都電話番號簿,大正15年8月1日現在.京都中央電話局,1926. (当館請求記号:K1||694.65||Ky6||)
⑤職業別電話名簿, 京都之部伏見之部大津之部.都通信社, 1930. (当館請求記号:K1||694.65||Ky6||)
⑥京都中央電話局編.京都市電話番号簿,昭和13年4月1日現在.京都中央電話局,1938. (当館請求記号:K1||694.65||Ky6||)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000282512解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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