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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
京都府立京都学・歴彩館 (2110022)管理番号
(Control number)
京資-161
事例作成日
(Creation date)
2010/12/13登録日時
(Registration date)
2011年01月19日 02時00分更新日時
(Last update)
2020年03月18日 14時58分
質問
(Question)
上京区革堂町付近(小川通一条上ル)に、1945年頃まで風呂屋があった。また、同じような場所に1500年頃から風呂屋があったという。その風呂屋について知りたい。
回答
(Answer)
上京区革堂町(小川通一条上ル)付近には、「革堂の風呂」もしくは「一条風呂屋」と呼ばれる風呂屋があった。

風呂屋の詳細については、『京の歴史と文化 4』、『図説上杉本洛中洛外図屏風を見る』、「上京一条小川界隈」(『園田国文』No.20,『京都京都町共同体成立史の研究』)に記載されている。
回答プロセス
(Answering process)
(1)京都府立総合資料館・京都府立図書館の蔵書検索システムで、キーワード「銭湯」を検索したところ、『京の歴史と文化 4』のp.54に「革堂の賑わい」とあった。この資料によると、戦国時代に存在していた風呂として、「山科言継が入浴した風呂の名が『言継卿記(ときつぐきょうき)』に記されており、上京一条烏丸の言継邸付近には、「革堂の風呂、一条の風呂、一条室町の石風呂、正親町(おおぎまち)の風呂、正親町室町の風呂があった」と記述されている。

(2)『京の歴史と文化 4』によると、「上京の一条小川、百万遍と革堂との間にある風呂」として「革堂の風呂」があると記述されている。革堂の風呂での入浴の様子を描いたものに、上杉本『洛中洛外図屏風』があるという。

*百万遍知恩寺は現在、東大路通と今出川通が交差する百万遍交差点の東北にあるが、当時は一条小川付近にあった。また、革堂は行願寺(ぐがんじ)の通称(現在は中京区寺町通竹屋町上ル)で、当時は同じく一条小川付近にあった。

(3)CiNiiで、キーワード「小川」「一条」を検索したところ、五島邦治「上京一条小川界隈」という論文がみつかった。この論文は『京都京都町共同体成立史の研究』に収録されている。
『京都京都町共同体成立史の研究』p.269に、小川界隈の風呂屋について記載されており、場所は「一条通から北へ・・・浄土宗の百万遍知恩寺、風呂屋を一軒おいて天台宗の革堂行願寺・・・浄土宗の誓願寺」とされる。
同書のp.274にも、一条風呂屋が知恩寺と行願寺の間にあったことが書かれている。

(4)上記(2)と(3)の資料の記述から、呼び方は違うが「革堂の風呂」と「一条風呂屋」は同じ風呂屋であると推定される。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
『京の歴史と文化 4』 村井康彦編 講談社 1994.6 p.293 (当館請求記号K1/216.2/Ky5/4)
『図説上杉本洛中洛外図屏風を見る』 小沢弘著 川嶋将生著 河出書房新社 1994.10 p.132 (当館請求記号K1/721.4/O97)
五島邦治「上京一条小川界隈」 『園田国文』No.20 1999.3 pp.19-29
『京都京都町共同体成立史の研究』 五島邦治著 岩田書院 2004.11 p.269,p.274 (当館請求記号K1/216.2/G69)
キーワード
(Keywords)
革堂
小川
風呂
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000076752解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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