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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-151
事例作成日
(Creation date)
2012年06月29日登録日時
(Registration date)
2012年09月22日 12時00分更新日時
(Last update)
2012年11月28日 13時58分
質問
(Question)
寄居町釜山神社を代々祀ってきた岩松家の家系について知りたい。
『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』のp408には「新田義貞の血を引く旧家」とあるが、「新田族譜」には見あたらない。何かわかる資料はないか。『新田族譜』p150の昌純・氏純・覚現あたりと関係があるのではないかと思う。
回答
(Answer)
釜伏岩松家については、下記の資料に第1世から第21世までの記述があった。ただし、新田義貞や「新田族譜」につながる記述は見つからなかった。

『埼玉史談(旧版)第3巻2号』(埼玉郷土会 1931)
 p97-101「釜伏岩松氏家系私考」(小川浮城著)に、岩松氏家系第1世から第21世まで記述あり。
 「新田義宗公(先祖) 満純(本家新田の祖)」とあり。その他、系図と史実との差異について詳しく考察あり。
回答プロセス
(Answering process)
出典を確認する
『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁神社調査団 埼玉県神社庁 1992)
 p408-413〈釜山神社〉の項あり。天文二年(1533)、山頂にあった新田義宗の墓所に社を建てて、新田家の再興を願ったことが始まりで、以後氏神として岩松家が代々祀ってきた、との記述あり。また、「当時、峠の頂上から少し寄居方面に下った所に関所があり、当社はその関守を務める岩松家によって代々祀られてきた。この岩松家は、新田義貞の血を引く旧家で、(略)」とあり。

苗字辞典および新田氏関係の資料を調査する
『埼玉苗字辞典 1』(茂木和平著 茂木和平 2004)
 p1088-1089〈岩松〉の項「二 秩父郡風布村(寄居町)」に「清和源氏新田氏流と称す。新田一門史に「新田義貞の子義宗は、正平二年武蔵野合戦に利あらず、叔父の岩松匠作行人の釜伏山に潜む。(中略)義満は成人して釜山神社の宮司となり、末裔は風布村の岩松氏となる。」とあり。引用文献に『新田一門史』『新田族譜』『秩父郡誌』「釜伏神社文書」『風土記稿』あり。
  「釜伏神社文書」部分は「天保九年、峠八町四方御許領地、假御殿地主釜布施新兵衛、分家二軒」とあり。
『新田族譜』(真下和雄編 世良田東照宮社務所 1974)
 p67〈義宗〉(義貞の子)の項に、「室岩松兵部少輔泰家女」とあり。
 p64〈義兼〉の娘に「岩松、村田、金井、田島祖」、「百十二頁別系あり」とあり。
 p112-119〈岩松〉系図あり。
『新田一門史』(薮塚喜声造編著 薮塚喜声造 1975)
 p100-101に系図あり。「義宗の妻は岩松満国の妹」と記述あり。
 義宗二男容辻丸は、岩松満氏が早世したので幼児の時岩松氏の養子となる(岩松氏十代満純)
 p208-〈寄居の岩松氏〉の項あり。「義宗は二十歳で義興と挙兵して武蔵野の戦で利あらず、越後へ去る時に鎧姿では危険なので叔父の岩松匠作行人の釜伏山に潜んでいた」「(義宗が)釜伏にいる時に叔父匠作行人の娘、まつ女と結ばれて男子が生まれた。その子義綱は成人して釜山神社の宮司となった」とあり。また、「釜伏神社の祭神は、表筒男命・日本武尊・惟仁親王尊(源氏祖神)新田義貞・義興・義宗・匠作の合祀である」「(岩松新兵衛)秩父街道の関所役人だったので峠新兵衛とも称した」とあり。
『新田岩松薮塚史 類縁一門史妙義周辺史』(薮塚喜声造、薮塚勝己共著 〔 〕 1971)
 p40-43 新田義宗についての記述に、義綱なし。
『新田義貞公根本史料』(群馬県教育会編 1937)
 p1312(参考)「新田岩松系図」あり。
『寛政重修諸家譜 18』(続群書類従完成会 1985)
 p347-〈岩松〉系図あり。寄居の岩松氏についての記述なし。
『清和源氏740氏族系図 1 源・新田・足利流氏族篇』(千葉琢穂編著 展望社 1985)
 p182〈新田義宗〉の項があるが、岩松氏の関係について記述なし。
 p249-「岩松氏」の節あり。〈岩松満純〉の項に「新田義宗の子」とあるが、寄居の岩松氏についての記述なし。

岩松家と釜山神社の関わりについて記述のあった資料
『新編武蔵風土記稿 [第3期]12』(蘆田伊人編集校訂 雄山閣 1977)
 p129(秩父郡之六)〈釜伏峠〉に岩松氏について、「氏は岩松なり、同姓のもの三軒あり、新兵衛が先祖は上州金山城落城の時落人となり、此所に忍び居り、弘治二年に死去せりと云」と記述あり。
『秩父の峠』(大久根茂著 さきたま出版会 1988)
 p152 岩松家について「新編武蔵風土記稿」からの引用あり。
『埼玉県秩父郡誌』(秩父郡教育会編 名著出版 1972)
 p473「釜伏神社は釜伏峠にあり。(中略)當社の神職岩松氏は新田義宗の子孫にして徳川家康關東入國の頃より當地に居住し、天正十八年家康領内巡視の際には假殿を設けて休憩を乞ひしことあり。新田家末流たるの縁故を以て八町四方の除税地を拝領し、爾後江戸時代を通じて苗字帯刀を許され、郷士の待遇を受けたり。」とあり。
『寄居町史 通史編』(寄居町教育委員会町史編さん室編 寄居町教育委員会 1986)
 p505-506「釜伏峠の休息」の項あり。「釜伏峠は、幕府から新兵衛の先祖が拝領した地」との記述があるが、系図等詳しい記述なし。
『山村と峠道 山ぐに・秩父を巡る シリーズ山と民俗 13』(飯野頼治著 エンタープライズ 1990)
 p212-215「釜山神社」の項に、「岩松翁の碑に、「釜伏神社々掌、岩松信兵衛翁は、(略)新田家の一族、釜伏の関司を職とし、(略)」の文字が刻まれている」、「釜山神社の宮司は、代々信兵衛を名乗っていた」、「釜山神社は、釜伏神社の社名を改めたもので、(略)岩松氏の始祖、新田氏を氏神として祀ったのに始まるという」との記述あり。
『秩父歴史散歩 2 古道と峠道』(井口一幸著 有峰書店新社 1994)
 p29-32「関守になった上州岩松氏の一族」に、『新編武蔵風土記稿』(上記)の引用に続き、「系図では新田義純を祖とするという。ここの宗家は代々岩松新兵衛または信兵衛を名乗り、(後略)」とあり。
 p39-40「釜伏の関守り、岩松氏」に、『秩父志』からの引用あり。
『埼玉叢書 1』(稲村坦元編 柴田常恵編 国書刊行会 1970)
 p263(「秩父志巻之七」風布村)「釜伏峠(中略)人家三軒アリ、皆一族分家ニテ岩松ナリ。往時乱ヲ厭ヒテ此処ニ隠遁セリト云フ、土人稱ス新田ノ氏族岩松天用入道ノ餘裔ナリト云傳フ。(岩松氏蔵古鞍圖アリ)」とあり。

埼玉関係のデータベースを検索する
自館作成DB《埼玉雑索》を〈岩松〉で検索すると、1件ヒット。
 『埼玉史談(旧版)第3巻2号』(埼玉郷土会 1931)。(前掲)
自館作成DB《埼玉人物文献データベース》を〈岩松〉、〈新田〉で検索するが、該当なし。
埼玉県立文書館《収蔵資料検索システム》を次のキーワードで検索するが、該当なし。
 〈岩松新兵衛〉〈岩松信兵衛〉〈峠新兵衛〉〈峠信兵衛〉〈岩松家文書〉〈釜山神社文書〉

その他調査した資料は、以下のとおり。 
『埼玉県の地名 日本歴史地名大系 11』(平凡社 1993)
 p791〈風布村〉記述の出典に「岩松家文書」、〈釜山神社〉記述の出典に「釜山神社文書」とあり。
『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』(「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 角川書店 1980)
 p742〈風布〉の項あり。 *かつては秩父郡野上町だった。S18年に、一部を寄居町に編入。
『新田岩松氏 中世武士選書 7』(峰岸純夫著 戎光祥出版 2011)
 p18「岩松氏系図1」に該当記述なし。
 p243「岩松氏系図」昌純あり。質問に該当する記述なし。
 p274-282の年表は、天文二年(1533)の前(1509年)に終っている。
『関東近世史研究 36』(関東近世史研究会 1994)
 p4-28「出入り関係の形式と新田岩松氏の権威の浮上」に、風布の岩松氏についての記述は見あたらず。
『埋み火はまた燃える 新田一族銘々伝』(新田純弘 さきたま出版会 2000)
 p179-224「第三章 岩松氏」の項に、「岩松満純」等の記述があるが、釜伏岩松氏についての記述なし。参考文献等の記載なし。
『埼玉県の地名 日本歴史地名大系 11』(平凡社 1993)
 p791「風布村」の項に「村明細帳」(岩松家文書)の引用あるが、関連の記述なし。
『寄居町史 近世資料編』(寄居町 1993)
 p248-252「秩父御領分風布村明細帳」(岩松新兵衛家蔵)があるが、釜伏岩松家との関係は不明。
『新田岩松家小姓日記 武蔵国旛羅郡下奈良村飯塚雅蔵の記録 調査報告書 平成15年度』(立正大学古文書研究会 2003)
『秩父郡の全名字』(千秋社 1995)
『大里郡神社誌』(埼玉県神職会大里郡支会編 国書刊行会 1984)埼玉県神職会大里郡支会昭和5年刊の複製
『寄居町の歴史』(寄居町教育委員会町史編さん室編 寄居町教育委員会 1989)
『剣と太刀』(埼玉県立民俗文化センター 2000)
『上州新田一族』(奥富敬之著 新人物往来社 1984)
『郷土のあゆみ』(寄居町文化財保護審議委員会編 寄居町教育委員会 1981)
『大里郡郷土誌』(下田江東編 聚海書林 1983) 
『新田岩松家小姓日記 武蔵国旛羅郡下奈良村飯塚雅蔵の記録 調査報告書 平成15年度』(立正大学古文書研究会編 立正大学古文書研究会 2003)
『猫絵の殿さま』(落合延孝著 吉川弘文館 1996)
雑誌『歴史研究 51巻5号』(新人物往来社 2009.5)「特集新田一族の謎」
事前調査事項
(Preliminary research)
『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁神社調査団編 埼玉県神社庁 1992)
NDC
関東地方  (213 9版)
系譜.家史.皇室  (288 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
参考資料
(Reference materials)
『埼玉史談(旧版)第3巻2号』(埼玉郷土会 1931)
キーワード
(Keywords)
岩松(氏)(イワマツ(シ))
新田(氏)(ニッタ(シ))
系譜
寄居町-歴史
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000111690解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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