レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2014/09/21
- 登録日時
- 2015/03/18 00:30
- 更新日時
- 2015/11/28 13:59
- 管理番号
- 0000001192
- 質問
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解決
明治18年に倒産した金沢銀行について調べている。
- 回答
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『本邦銀行変遷史』で明治16年12月に設立、明治19年11月に廃業したことが確認できました。
『北陸銀行 創業百年史』の91p「表1-40 2.石川県」によると、明治17年末で支店数4、資本金150千円、住所は金沢区下堤町、代表者は中村文右衛門であることがわかります。
北陸地方の銀行史については、1-4p「はじめに」で時代背景とともに確認いただけます。「北陸地方における近代的金融機関の嚆矢は、明治2年設立の敦賀為替会社と金沢為替会社である。このほか、多くの銀行類似会社が設立され、さらに、明治8年には金沢で国立銀行の創立願いが出されるなど、当時、北陸地方の金融界は、東京、大阪、京都などに比べてそれほど遜色がなかった。」という流れの中、私立銀行について「北陸で誕生した私立銀行は180を超える。このうち富山・石川両県がおのおの70行前後、福井県が約40であった。多くの私立銀行は、地場産業の発達に伴って地元の商・工業者や地主層の要請にこたえることを目的として設立された。」とあります。
明治18年ごろの石川県については81pに「他県に比して銀行類似会社の数が異常に多いのも特徴の一つである。明治10年以前に生まれたものも相当あるが、特に13年から15年にかけて設立された会社が多く、しかもその大部分は士族授産を目的に金沢で開業している。明治16年、金沢為替会社は増資を行い、北陸銀行と改称し、私立銀行として再出発するが、19年には破産に追い込まれ、以後、金沢の金融界は暗黒状態を呈するのである。同年にはまた、金沢銀行(金沢、資本金15万円)、17年には北国銀行(現在の北国銀行とは無関係)と錦城銀行の2行が誕生するが、いずれも19年に廃業してしまった」の記載がありました。
金沢銀行については、『石川県銀行誌』『北陸銀行十年史』にも記載があります。
「銀行図書館 銀行変遷史データベース」で、銀行名、ヨミ、存続期間、本店所在地、前身銀行、合併・買収、後継銀行、沿革、資料の項目について確認できます。
- 回答プロセス
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自館、国会OPACを検索するが、ヒット無し。
「銀行」×「変遷」の懸け合せで検索すると『本邦銀行変遷史』がヒット。設立年、廃止年、関連文献が紹介されていたため、自館データベースを再度検索。
また「銀行図書館 銀行変遷史データベース」で検索すると『北陸銀行 創業百年史』が見つかった。
- 事前調査事項
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インターネット
- NDC
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- 経済 (33 9版)
- 参考資料
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- 1 本邦銀行変遷史 東京銀行協会調査部?編集 東京銀行協会銀行図書館?編集 東京銀行協会銀行図書館 1998.9 338.2/10038 152p
- 2 創業百年史 北陸銀行調査部百年史編纂班?編集 北陸銀行 1978 K335/1069 1-4、81、97p
- 3 石川県銀行誌 北村/魚泡洞?編 北国出版社 1980.3 K338/13 214-218p
- 4 北陸銀行十年史 北陸銀行調査部?編集 北陸銀行 1954 335.4/380 10-16p
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000169239