レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010年07月10日
- 登録日時
- 2010/09/11 09:44
- 更新日時
- 2018/08/31 17:52
- 管理番号
- 県立K2010-106
- 質問
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解決
高知県の写真館の歴史、特に中村ではいつごろから写真がとられるようになったのか。
- 回答
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※ 高知県立図書館・高知市民図書館合築に伴い、資料に関する情報が現在の情報とは異なる場合があります。 ※
中村で写真がとられるようになった時期はわかりませんが、次のような情報が得られましたので回答いたします。
影山千夏「高知の写真史(1)高知県における写真の草創期」(高知県立美術館研究紀要 第2集)によると、以下のとおりです。
はじめて高知の地に写真の歴史を刻んだのが井上俊三である。明治初頃高知に戻り、1870(明治3)年「第九等官度支局会計司写真御用」に任命され、藩の写真係として務め、農人町には写真所及び輸入雑貨店を開業している。
影山千夏「高知の写真史(2)大正の写真家集団」(高知県立美術館研究紀要 第4集)によると、大正期の写真館として「川田寫眞舘 中村町東下モ町に大正2年開業」が挙げられています。
『土佐名鑑』(明治42発行)によると、中村ではありませんが、幡多郡宿毛町に「各国時計販売写真撮影発音機取次商 山本盈進堂」の名があります。
その他、『英傑たちの肖像写真』(渡辺出版)にも井上俊三のことが書かれています。『中濱万次郎』(中濱博著、冨山房インターナショナル)には万次郎が咸臨丸で写真機を日本に持ち帰った(日本初ではない)話がでています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 写真 (740)
- 参考資料
- キーワード
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- 写真館
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000071186