レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年11月17日
- 登録日時
- 2022/12/07 23:12
- 更新日時
- 2023/02/27 21:04
- 管理番号
- 県立長野-22-164
- 質問
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解決
飯山藩の重臣であった本多弥五兵衛紀武について知りたい。二人の子どもが旗本「本多家」の養子となっている。
- 回答
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<本多弥五兵衛紀武の業績>
1 村替えを願い出た件について
・『藩史大事典 第3巻』木村磯編 雄山閣 2015【N209.5/23a】
p.358 飯山藩 「家老とその業績」に記述がある。
著名家老名 本多弥五兵衛
活躍期 享保年間
主な業績 享保二年飯山移封以来、年々の水害に悩まされ、村替えを幕府へ願い出、
享保九年に許可されるまで、その原動力となって活躍した。
出典『飯山町誌』
・『下水内郡誌』下水内郡教育会編 明治文献 1974(大正2年(補遺 大正4年)の合冊復刻)【N211/1a】
本多氏の藩治 其1藩治区域 p.96-97 のp.96に「藩老本多弥五兵衛をして幕府に運動せしめ、受封より
七年目の享保九年に至りて初めて目的を達しぬ」とある。
・『豊田村史』江口善次ほか編 豊田村誌刊行会 1963 【N211/19】
第3編通史 第3章江戸時代の飯山藩主 第9節本多氏p.357-368 のp.360に
此領地を替えて貰うことには本多弥五兵衛の献身的努力があづかつて大きいとはいはれておるが、
これよりさき幕府の井上河内守はじめ諸老中に向つて、しばしば替地の嘆願をし、運動もしたが
皆拒絶され、ついに本多候が直接将軍に陳情してようやく許可されたというのが真相のようである。
とあった。
2 8代将軍吉宗に家康の甲冑を見せた件について
・『飯山町誌』飯山市公民館編・刊 1995【N211/10】
第六章近世の飯山藩 第四節本多氏時代 3.飯山の本多氏 p.150-151に 「彼は家老として藩主助芳
[すけよし 飯山城主本多家初代目]を助けて専ら主家の復興に努め、康明[やすあきら 2代目]・助有
[すけもち 3代目]に仕えた」とあり([]内は『飯山市誌 歴史編 上』をもとに補記)、助有の代の時、
家康が初めて召した甲冑を将軍吉宗に見せた際、奉持の命を受けた本多弥五兵衛が鎧櫃を護って離れ
なかったエピソードが紹介されている。
・『豊田村史』(前掲)
第3編通史 第3章江戸時代の飯山藩主 第9節本多氏p.357-368 のp.363に記述がある。
元文二年八月十七日先祖豊後守康重が家康より拝領した所謂権現様御召初の具足を上覧にいれた。
此の時本多弥五兵衛が此れを捧持し八代将軍吉宗斉戒沐浴して之を拝したという説もあるが、(下水
内郡誌続編、飯山町誌)後久録には加納遠江守を以て上覧に入れる筈であったが、伊勢守在所に発足
して留守になつたから、家来に申付上覧に入れ「珍敷御具足上覧にいれ御機嫌思召候外ニハ無之品
ニ候レ此通伊勢守に申聞よと遠江守迄上意の旨同月二十日、遠江守宅江家来を召呼び申渡し、其後
在所へ遠江守から書面を以て上意の旨を伝えたと記してある。
なお、上記で参照されている部分は、『松平日記 後久録(コウキュウロク)』飯山市誌編纂室編 飯山市誌編纂室 1992【N209.5/24】のp.65下段7項目目の部分にあたる。
・『長野県史 近世史料編 第8巻(1)』長野県編 長野県史刊行会 1975【N209/11/8-1】
飯山領についての文書にあたるp.1-240を確認したところ、本多弥五兵衛紀武の文字が確認できた項目は次のとおり。
「享保二年二月 本多助芳飯山城拝領の節被仰出書留」p.13-29のp.17「五月七日ニ飯山江発足引越
面々」に続くp.18「同廿五日」の中に「帰立 本多弥五兵衛」と記述がある。
「飯山御城請取手配」p.20-26のp.21「二ノ丸上之間」 の筆頭に本多弥五兵衛の名前の記載があり、
場内の施設と人名が列挙されている最後に、「右之通雖想定、其時分弥五兵衛可任下知候」とある。
また、p.22「立帰暫逗留」の筆頭に「騎馬 本多弥五兵衛」
「江戸外出之覚」p.27-28の署名箇所(p.28)の筆頭にも本多弥五兵衛の名前が見られる。
「知行取七月ゟ[より]暮迄月々御貸米覚」p.28-29の署名(p.29)の筆頭にも本多弥五兵衛の名前が見
られる。
なお、文書の本文は訓点付きの漢文となっており、図書館では文書の解釈していない旨伝えた。
本多弥五兵衛紀武の出自については、調査した資料には記載がなく、不明。子どもについては、『新訂 寛政重修諸家譜 第11』高柳光寿[ほか]編集顧問 続群書類従完成会 1965【288.2/タミ/11】に記述がある。
・本多紀智(のりとも)
本多帯刀を祖とする旗本家の家系図に助孝の養子としてp.285下段に記載があり、「実は本多豊後
守家臣本多弥五兵衛紀武が男」と書かれている。
・本多紀品(のりただ)
本多利朗を祖とする本多家の家系図に利英の養子としてp.287中段に紀智と同様の記載があった。
- 回答プロセス
-
1 飯山藩の重臣とのことから、『長野県歴史人物大事典』神津良子編 郷土出版社 1989【N283/13】、『角川日本姓氏歴史人物大辞典 20』 角川書店 1996【288.1/カド/20】をひくが、記載はない。
2 『三百藩家臣人名事典3』【281.03/カシ/3】p.352-353「飯山藩」を参照したが、本多弥五兵衛紀武の記載はない。
3 『藩史大事典 第3巻』で、飯山藩を見る。「家老とその業績」に、「本多弥五兵衛」があり、出典として、『飯山町誌』があげられている。
4 『飯山町誌』『飯山市誌 歴史編 上』飯山市誌編専門委員会編 飯山市 1993【N211/48/2-1】など、飯山藩の領地にあたる地域の史誌で、「本多弥五兵衛」を確認する。記述の出典となっている『松平日記 後久録』も確認する。
5 『長野県史 近世史料編 第8巻(1)』で、「本多弥五兵衛」にかかわる文書資料を探す。
6 藩主と同じ「本多」を名乗っているため、分家筋ではないか、と依頼者から示唆があったため、『新訂 寛政重修諸家譜 第11』高柳光寿[ほか]編集顧問 続群書類従完成会 1965【288.2/タミ/11】p.277-284で、飯山城主本多家の系図を確認したが、本多弥五兵衛紀武に関する項目はなく、祖先は確認できなかった。
<飯山城主本多家から分家を持った人物>
・重世 [康紀弟]
p.281下段に「本多乙次郎助佳が祖」。
この家系の家系図は『同書』p.288-290。
・助久 [利長兄]
p.282上段-中段に「本多大学助詮が祖。帯刀 内膳 彦八郎 母は某氏。庶子たるにより家督にた
らず。別に家を興す」と記述がある。本多弥五兵衛紀武の子紀智がこの家系に養子に入っている。こ
の家系の家系図は『同書』p.285-286。
・利朗 [利長弟]
p.282下段に「本多大之丞紀貞が祖。式部 兵庫頭 井上を称す」。本多弥五兵衛紀武の子紀品がこの
家系に養子に入っている。この家系の家系図は『同書』p.286-288。
・利政 [利長弟]
p.283上段に「本多源右衛門利貞が祖。右近 十右衛門 源右衛門 母は某氏」。この家系の家系図は
『同書』p.288。
このほかにも当主の兄弟の記載もあった。
<飯山城主本多家の当主家の養子として家督を継いだ人物>
・初代 助芳
「実は本多彦八郎助久が二男」とあり、先代当主利長の兄にあたる。
・3代目 助有
「実は助芳が四男」とあり、2代目当主康明の弟にあたる。
・4代目 助盈
「実は本多左京利紀が長男」とある。
7 『江戸幕府旗本人名事典 第1-4巻,別巻』小川恭一編著 原書房 1989-1990【281.03/オキ/1-4,ベツ】、『寛政譜以降旗本家百科事典 第1-5巻』小川恭一編著 東洋書林 1997-1998【281.03/オキ/1-5】の索引で「本多」の項目を確認。「弥五兵衛」、「紀武」の文字は確認できなかった。
8 市立飯山図書館の蔵書検索で本多家に関するものを探す。『旧飯山藩主本多家先祖累代記資料』本多将郎[ほか] 1973【飯山市立図書館所蔵】
について、確認する。全体で12pの資料。本多弥五兵衛紀武についての記述は確認できなかった。
- 事前調査事項
- NDC
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- 中部地方 (215 10版)
- 系譜.家史.皇室 (288 10版)
- 個人伝記 (289 10版)
- 参考資料
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木村礎 [ほか]編 , 木村, 礎, 1924-2004. 藩史大事典 第3巻 (中部編 1 北陸・甲信越). 雄山閣出版, 1989.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002000020-00 , ISBN 4639008880 (【N209.5/23a】) -
下水内郡教育会/編 , 下水内郡教育会. 下水内郡誌 復刻版. 明治文献, 1974-00.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059269107-00 (【N211/1a】) -
豊田村史編纂委員会/編 , 豊田村誌編纂委員会. 豊田村史 現代編. 豊田村, 2005-03.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058924169-00 (【N211/19】) -
飯山市公民館/編 , 飯山市公民館. 飯山町誌. 飯山市公民館, 1955-00.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059398139-00 (【N211/10】) -
長野県. 長野県史 近世史料編 第8巻 1. 長野県史刊行会, 1975.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I023373029-00 (【N209/11/8-1】) -
寛政重修諸家譜 11 新訂. 続群書類従完成会, 1980.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I052581171-00 , ISBN 9784797102154 (【288.2/タミ/11】)
-
木村礎 [ほか]編 , 木村, 礎, 1924-2004. 藩史大事典 第3巻 (中部編 1 北陸・甲信越). 雄山閣出版, 1989.
- キーワード
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- 本多弥五兵衛紀武
- 本多紀武
- 本多弥五兵衛
- 飯山藩
- 先祖
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000325240