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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3A-201112-16
事例作成日
(Creation date)
2011/12/14登録日時
(Registration date)
2012年02月02日 02時00分更新日時
(Last update)
2012年02月11日 13時27分
質問
(Question)
掘削時から江戸時代にかけて、東横堀川の川幅を知りたい。
回答
(Answer)
東横堀川は、大阪市の中央区を南北に流れる運河。豊臣秀吉の命により、大坂城の外堀として開削された。

記録にのこる東横堀川の幅は
天明7(1787)年 21間(約38.2メートル)~40間(約72.7メートル)
文政12(1829)年 21間(約38.2メートル)~40間(約72.7メートル)
大正4(1915)年 平均25間(約45.5メートル)

注)1間は約1.818メートル
回答プロセス
(Answering process)
(1)『大阪の川-都市河川の変遷-』(「大阪の川」編集委員会/編著  大阪市土木技術協会,1995)p,42、p,312に、大正4年時の平均幅は25間とあり。
(2)「大坂文献データベース」の紹介資料、「大阪春秋」の該当号等見るが、堀幅についての記載なし。
(3)大阪市史編纂所より参考資料2点の紹介をうける。
・『大坂町奉行管内要覧』 (天明7年(1787)に松平石見守貴強(たかます)が西町奉行所に着任したときのひきつぎ内容をまとめた史料)
p,15の「東横堀川」の項に「幅 上ニ而 40間 下ニ而 21間」とあり。
・『手鑑・手鑑拾遺』 (大坂町奉行が交代の際に、新任者に提出した管内状況説明の写し史料)
p,7の「東横堀川」の項に「幅 上ニ而 40間 下ニ而 21間」とあり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
建設工学.土木工学  (510 9版)
参考資料
(Reference materials)
『大阪の川-都市河川の変遷-』「大阪の川」編集委員会/編著 大阪市土木技術協会 1995 <当館書誌ID:0000546980>
『大坂町奉行管内要覧 -松平石見守殿御初入ニ付差出御覚書・地方役手鑑-(大阪市史史料 第15輯)』 大阪市史編纂所/編集 大阪市史料調査会 1985 <当館書誌ID:0000619822>
『手鑑・手鑑拾遺(大阪市史史料 第6輯)』 大阪市史編纂所/編 大阪市史料調査会 1982 <当館書誌ID:0000619814>
キーワード
(Keywords)
東横堀川
大坂城
運河
大阪府大阪市中央区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000100978解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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