レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010/04/27
- 登録日時
- 2010/09/11 02:00
- 更新日時
- 2010/09/21 12:34
- 管理番号
- 埼久-2010-025
- 質問
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解決
大平晟について知りたい。また、大平晟と高頭式の関係について知りたい。
- 回答
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下記の資料に記述あり。
大平晟及び高頭式の関係について
『世界山岳百科事典』(岩間正夫 山と渓谷社 1971)
p105 大平晟(おおだいら あきら)1865-1943
「新潟県出身。明治39年夏、教え子高頭仁兵衛らと白馬、鉢ノ木、立山登山。」の記述あり。
『日本山岳会百年史』〔本編、続編・資料編〕(日本山岳会 2007)
〔続編・資料編〕
大平晟
「新潟県三島郡片貝村。片貝小学校長(高頭の先生)」の記述あり。
『日本登山史』(山崎安治 白水社 1986)
p282 『山岳』明治39年創刊号
「妙高紀行」(大平晟)の記述あり。
p307 明治39年8月5日 登山記録あり。
『新潟県県民百科事典』(野島出版 1977)
p141 大平晟の項目あり。解説に「高頭仁兵衛の恩師でもある。」の記述あり。
『新潟県大百科事典 上』(新潟日報事業社 1977)
p207 大平晟の項目あり。なお、参考文献として次の2点の紹介があるが、いずれも県内図書館には所蔵なし。
「小千谷市史 下」(小千谷市史編集委員会 1967)
「南魚沼郡誌続編 上」(同編集委員会 1971)
『新潟県関係人物雑誌記事索引』(新潟県立新潟図書館 1990)
p8-9 大平晟の項目あり、次の雑誌記事が紹介されている。
岩下庄之助「大平晟一~十一」(「小千谷文化」103-109、111、113-115号)
『越後の旦那様、高頭仁兵衛小伝』(日本山岳会 野島出版 1970)
藤島玄「大平晟校長と高頭翁」(『山と渓谷第150号』 p253-258 1951)
p254 大平氏のことを「『日本山嶽志』の編纂者高頭仁兵衛御翁の恩師という古い登山家であった事でも足りよう。」と記述あり。
高藤義明「大平晟先生と不肖義明」(『越後山岳 1号・2号』 1948)
冒頭に大平晟氏について略歴の記述あり。
『山の旅、明治・大正編』(近藤信行 岩波書店)
「平ヶ岳登攀記」高頭仁兵衛
p291-292に大平氏が平ヶ岳に登攀した際の記述あり。
『明治・大正・昭和前期雑誌記事索引集成/人文科学 21』(石山洋 皓星社 1996)
p486 「ヌタプカムシュペ山」(大平晟)同= 『山岳 八ノ一』
p521 「■前岳」(同=地学雑誌三〇八)大平晟 ※■には木偏に「尊」という字が入る。
著作
『結婚五十周年に方りて』(大平晟 1938)国会図所蔵
- 回答プロセス
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自館目録を〈大平晟〉で検索すると、ヒットせず。
〈高頭式〉で検索すると『日本山嶽志』(高頭式) がヒットする。
《NDL-OPAC》を〈大平晟〉で検索すると、1件該当あり。
「結婚五十周年に方りて」(大平晟 1938)国会図所蔵。県内図未所蔵。
《Google》を〈大平晟 & 苗場山〉で検索すると、「平ヶ岳登攀記」(高頭仁兵衛)の中に、大平氏と登山の記録あり。この情報の底本として、『山の旅、明治・大正編』(近藤信行 岩波書店)、雑誌『山岳』(日本山岳会)が紹介されている。
(http://www.aozora.gr.jp/cards/001371/files/49578_38163.html 青空文庫 2010/06/15最終確認)
自館の山岳関係資料と、新潟県関係の資料を探す。
雑誌『山岳』は復刻版が県内公共図書館に所蔵あり。
- 事前調査事項
- NDC
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- 戸外レクリエーション (786 9版)
- 参考資料
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- 『世界山岳百科事典』(岩間正夫 山と渓谷社 1971)
- キーワード
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- 大平 晟(オオダイラ アキラ)
- 高頭 式(タカトウ ショク)
- 登山
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000071163