レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018/07/19
- 登録日時
- 2019/12/27 00:30
- 更新日時
- 2019/12/27 10:40
- 管理番号
- 所沢本-2019-027
- 質問
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解決
能に「松山天狗」というのがあるが、これは一時期廃演(演じられなかったこと)がある。それが最近演じられるようになった。演じられない期間はどのくらいか、演じられなかった理由と再演となった理由を知りたい。
- 回答
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上演されなかった期間、理由について明確な記載のある資料は、見つかりませんでした。
ただ、再演については「能の再検討を図る能劇の座が創設5周年を迎え、(1994年7月)20日午後5時半から東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂で「松山天狗」を復曲上演」されたようです。(参考:1994年7月18日 読売新聞 東京夕刊)
また、「「松山天狗」は流刑され生きながら鬼となった崇徳院のすさまじいおん念を描いた作品で、現在金剛流だけにある能。これも幕末に復活した能で、戦前は天皇の不遇、おん念を描くのは不敬とされ、意識的に上演が避けられていた。今回は観世銕之丞が監修し、六郎の作曲・演出で金剛流とは違った視点から描くことにしている。」(参考:1994年7月19日 読売新聞 大阪夕刊)との記載もあります。
参考記載のあった資料及びデータベース(新聞記事)
〇『謡曲大観 第5巻』 佐成謙太郎/著 明治書院 1982年
【聞蔵Ⅱ】(朝日新聞データベース)
〇「源平盛衰シリーズを3年で20数番上演 大槻能楽堂」(1996年2月20日夕刊)
〇「(見聞考)700年受け継がれる「舞金剛」 京の能、豪快流」(2011年7月29日大阪夕刊)
【ヨミダス歴史館】(読売新聞データベース)
〇「能劇の座が「樒天狗」と「松山天狗」を復曲上演 地獄の苦しみ味わう男女描く」(1994年7月18日東京夕刊)
〇「「能劇の座」5周記念 「魔道」テーマ新演出で東京、大阪、福岡公演」(1994年7月19日大阪夕刊)
〇「平家の盛衰描き出す「松山天狗」など大槻能楽堂公演/大阪」(2004年1月29日大阪夕刊)
- 回答プロセス
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1所蔵資料の内容確認
〇『謡曲大観 第5巻』 佐成謙太郎/著 明治書院 1982年
P2883に「松山天狗(まつやまてんぐ) 剛」の項あり。
[概評]に「崇徳上皇讃岐国御遷幸の御事は、上下三千年の国史を通じて、最も御悼ましい御事で、謡曲作者が西行法師の御陵を拝した事を主題として、本曲を脚色するに当たっても、奉悼の念に堪へなかったことであらう。しかし、謡曲作者の道念によれば、瞋恚の炎に燃えた人を極楽に送ることは出来ない、といって、荒涼たる松山の御所に上皇唯御一人おはして、誰一人慰め奉る者がなかったと想像するには忍びない。そこで、上皇の御瞋恚を縁として、魔縁の天狗を出したものであらう。なほ、作者は普通の曲のやうに (中略) 後ジテ上皇については、単に御逆鱗の様を描かないで、まずここをも都と思いし召して、舞楽を奏し給ふ高雅な趣を出すなど、細心の注意を払っているのである。然しながらかくの如き御悼ましい御様を舞台の上に想像し奉るのは、我等の忍び難い所である。今日金剛流以外に伝はらなくなったのも当然のことであろう。」との記載あり。
△『能楽大事典』 小林責/著 筑摩書房 2012年
P840に「松山天狗(まつやまてんぐ)」の項あり。
「能の曲目。切能。[剛](金剛流)のみ現行。<松山> <讃岐院(さぬきのいん)> <新院>などともいった。作者未詳。『撰集抄』による。(中略) なお、本曲は1994年(平成6)7月、[観](観世流)で能劇の座により復曲試演された。」との記載あり。
△『能・狂言事典』 西野春雄/編集委員 平凡社 2011年
P146に「松山天狗 まつやまてんぐ 金剛」の項あり。
「[鑑賞]の文末に「1994年(平成6)観世流(能劇の座)で復曲試演された。」との記載あり。
△『能百十番』 増田正造/文 平凡社 1996年
P99に「松山天狗 まつやまてんぐ」の項あり。
「(前略) 天皇家争そい、保元の乱に敗れ、讃岐の国の松山に流され奉った崇徳上皇は、その地で果てられるが、「魔道に堕ち天魔にならん」との怨念は、明治に至るまで天皇家に祟り続けたとされる。(中略) この魔界の能は、金剛流にのみ伝承されてきたが、観世流でも復元上演されている。」との記載あり。
×『能の事典』 三省堂 1984年
P164に「松山天狗(まつやまてんぐ)」の項はあるが、関連記載はなし。
×『能楽ハンドブック』 戸井田道三/監修 三省堂 2008年
P164に「松山天狗(まつやまてんぐ)」の項はあるが、関連記載はなし。
×『日本の伝統芸能』 日外アソシエーツ株式会社/編集 日外アソシエーツ 2017年
×『日本舞踊ハンドブック』 藤田洋/著 三省堂 2010年
×『日本舞踊辞典』 郡司正勝/編 東京堂出版 1977年
×『名曲解説 日本舞踊事典』 浅川玉兎/著 柏出版 1973年
×『長唄を読む 1』 西園寺由利/著 小学館スクウェア 2014年
×『長唄を読む 2』 西園寺由利/著 小学館スクウェア 2014年
×『長唄を読む 3』 西園寺由利/著 小学館スクウェア 2014年
2 データベース検索 [キーワード:松山天狗]
【聞蔵Ⅱ】(朝日新聞)
〇「源平盛衰シリーズを3年で20数番上演 大槻能楽堂」(1996年2月20日夕刊12頁)
「観世流能楽師の大槻文蔵が主宰する大槻能楽堂(大阪市中央区)が、源氏と平家の争いを主題にした能を、「源平盛衰」シリーズとして三カ年計画で上演する。(中略) 最初に公演する「松山天狗」は、金剛流にしかなかったのを94年に観世流の演出で大槻自身が復曲した。説話集「選集抄」に基づき、保元の乱に敗れて讃岐(現、香川県)に流された崇徳天皇を取り上げている。(以下省略)」との記載あり。
〇「(見聞考)700年受け継がれる「舞金剛」 京の能、豪快流」(2011年7月29日大阪夕刊3頁)
「「舞金剛(まいこんごう)」。能の世界で金剛流の見応えを表す言葉だ。(中略) 現在残る金剛流の能のレパートリーは200番以上。美しい雪の精が主人公の「雪」、崇徳院の霊が悲運を嘆く「松山天狗」 (中略) など金剛流でしか見られない演目もある。(以下省略)」との記載あり。
【ヨミダス歴史館】(読売新聞)
〇「能劇の座が「樒天狗」と「松山天狗」を復曲上演 地獄の苦しみ味わう男女描く」(1994年7月18日東京夕刊9頁)
「能の再検討を図る能劇の座が創立5周年を迎え、20日午後5時半から東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂で「樒天狗(しきみてんぐ)」と「松山天狗」を復曲上演する。2作品とも室町時代の作で、作者不詳。(中略) 「松山天狗」は、流罪先で憤死した崇徳院の霊が天狗の群れとともに怒るさまを描く。金剛流では現行曲だが、新たに西野春雄が台本を作成、梅若六郎が作曲・演出。観世流大槻文蔵のシテで上演されるので、観世流の復曲となる。「明治以来空疎になった能を、劇的だった昔に戻すため、世阿弥自筆本使用と復曲、新演出を座の三本柱にして上演してきた」と代表の堂本正樹。(以下省略)」との記載あり。
〇「「能劇の座」5周記念 「魔道」テーマ新演出で東京、大阪、福岡公演」(1994年7月19日大阪夕刊13頁)
「東西の観世流シテ方、梅若六郎(東京)と大槻文蔵(大阪)が中心になって、能を現代演劇として再生しようと試みる「能劇の座」が5周年を迎えた。
その記念公演が20日東京・国立能楽堂、(中略) で行われる。「能楽の座」は東西の能役者の交流をはじめ、演出の再検討、世阿弥の自筆本を中心とする古典の復曲などを目指して発足。(中略) 埋もれていた作品を再構成し、国立能楽堂で上演してきた。今回のテーマは「魔道」。人間の心に潜む「魔」をとらえた「樒(しきみ)天狗」と「松山天狗」を新演出で復活させる。(中略) 「松山天狗」は流刑され生きながら鬼となった崇徳院のすさまじいおん念を描いた作品で、現在金剛流だけにある能。これも幕末に復活した能で、戦前は天皇の不遇、おん念を描くのは不敬とされ、意識的に上演が避けられていた。今回は観世銕之丞が監修し、六郎の作曲・演出で金剛流とは違った視点から描くことにしている。(以下省略)」との記載あり。
〇「平家の盛衰描き出す「松山天狗」など 大槻能楽堂公演/大阪」(2004年1月29日大阪夕刊13頁)
「(前略) 「松山天狗」は保元の乱に敗れ、讃岐国松山に流され、悲憤の死を遂げた崇徳天皇の思いを描く。(中略) 文献上の初演は室町末期で古名「松山」として記載されているが、まもなく廃絶。江戸時代、将軍徳川綱吉の稀曲趣味によって10回ほど演じられた記録が残る程度だったが、1994年に「能劇の座」(堂本正樹代表)設立5周年記念として、八世観世銕之亟の監修、西野晴雄の能本作成で、復活された。(以下省略)」との記載あり。
- 事前調査事項
- NDC
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- 能楽.狂言 (773 9版)
- 戯曲 (912 9版)
- 参考資料
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- 謡曲大観 第5巻 佐成謙太郎/著 明治書院 1982.8 912.3 4-625-51083-X
- キーワード
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- 松山天狗
- 能
- 崇徳天皇
- 西行
- 観世流
- 金剛流
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000271683