レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013/09/02
- 登録日時
- 2014/02/27 00:30
- 更新日時
- 2014/03/29 11:26
- 管理番号
- 横浜市中央2373
- 質問
-
解決
明治初期に東京都大田区にあった、望翠楼ホテルに関する資料はありますか?
このホテルは横浜の本町にあった若尾商店が経営していて、設計者は川崎鉄三、
2代目の神奈川県庁の廃材を利用して建設した、とのことです。
- 回答
-
1 望翠楼ホテルについて
(1)「堀口大學--「くら闇坂」の登り降り(大森望翠楼ホテル) 」長谷川郁夫
( 「三田文学. [第3期] 」85(84) 2006 p.136~159)
堀口大学が好んだという望翠楼ホテルについて記述があります。
・大森駅山王口の南方、暗闇坂を隔てた小高い丘に建つホテル。
・ロビーで長谷川潔の版画展が開催されていた。
(2)『日本の鶯 堀口大學聞書き(講談社文庫)』関容子/〔著〕 講談社 1984
p.68~69
「現在、大森駅の近くには団地があるけれど、そこじゃなくてもう一つ上の、
暗闇坂を隔てた小高い丘にあったホテルでね、甲州出の横浜在住の
若尾という財閥が経営していました。横浜県庁だっただった建物を
払い下げて貰って、大森へ立て直したというものだから、材料は
オーク材をふんだんに使って素晴らしいし、設計は英国人だった
というので、天井は高く取ってあるし、正面の階段なんて
幅一間もあって、それは堂々たるものでしたよ。
そういうお金持ちの道楽経営みたいな
ホテルで、部屋数は十くらいしかなかったかな」
(3)「戦前の東京・横浜にあったホテル点描(1)望翠樓ホテルについて」
外国人居留地比較研究グループ
(「Hotel review」(602)日本ホテル協会 2000-07, p.22~35
横浜市立図書館では所蔵していません。国立国会図書館では所蔵しています。
(4)『大田区の文化財 第17集』 大田区教育委員会 1981
当館での所蔵はありませんが、望翠楼ホテルについて情報が
掲載されているようです。
近隣では川崎市立図書館に所蔵があるようです。
2 神奈川県庁との関係
(1)「神奈川県庁本庁舎と大正・昭和初期の神奈川県営繕技術者に
関する建築史的研究」佐藤嘉明
(横浜国立大学 博士論文)2006
大学のウェブページから本文の閲覧が可能です。
横浜国立大学学術情報リポジトリ http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/handle/10131/425
p.35~36
2代目の神奈川県庁を解体するにあたり、庁舎を分割して県民に入札で
販売されたが、その利用例として、望翠楼ホテルがあがっています。
(写真の掲載あり)
「このホテルは大正元年に新井宿愛宕山に建てられた洋館2階建てで、客室は20、
収容人員は40名を定員とする高雅な雰囲気を有する本格的ホテルであった。
…経営は横浜の実業家・若尾幾太郎で
あったが、大正11年により近代的な大森ホテルができたため、経営不振に陥り、
昭和初期に廃業に至った。」とあります。
また「横浜県庁に遇ふ」須藤真金(「建築研究」第7号第1号)の引用があり、
須藤が川崎鉄三(当時若尾幾太郎商店建築本部本町工務所長)の案内で
ホテルを見て回った際のことが書かれています。
それによると、川崎は「設計者は知らないが、昔の神奈川県庁を、若尾さんが払い
下げてもらって此処へ移築したんだそうだ」と語っています。
川崎鉄三はこのホテルを解体してアパートメントホテルに建て替えようとしたが、
川崎自身が昭和7年に急逝したため、建て替え話は立ち消えになったとあります。
(2)前掲論文の引用にあった「横浜県庁に遇ふ」須藤真金(「建築研究」第7号第1号)は、
公共図書館での所蔵が確認できませんでした。
3 川崎鉄三について
(1)『横浜・都市と建築の100年』
横浜市建築局企画管理課/編 横浜市建築局企画管理課 1989
巻末の「横浜建築家事典稿」にプロフィールの紹介があります。
それによると、川崎が若尾幾太郎商店建築部に入ったのは大正14年からで、
望翠楼ホテルが建設された大正元年頃は、まだ若尾との関係がないと思われます。
(2)「川崎鉄三」吉田鋼市(「有隣」第499号 有隣堂 2009.6
発行元のウェブページからも記事を確認できます。
有鄰 No.499 P4 特集:藤沢のはなし/横浜開港150年・有隣堂創業100年
「横浜を築いた建築家たち 12」 川崎鉄三 - 隔月刊情報紙「有鄰」
http://www.yurindo.co.jp/static/yurin/back/yurin_499/yurin4.html#2
履歴について記載はあり、明治45年に東京高等工業学校建築家を修了後、
台湾などの海外での勤務を行っていたとあります。恐らく大正元年ごろは
海外に駐在していたと考えられます。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 観光事業 (689 8版)
- 西洋の建築.その他の様式の建築 (523 8版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000149910