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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
石川県立図書館 (2110016)管理番号
(Control number)
0000001129
事例作成日
(Creation date)
2014/07/26登録日時
(Registration date)
2014年12月25日 00時30分更新日時
(Last update)
2014年12月28日 11時12分
質問
(Question)
明治から昭和30年代までの結核療養所について
石川県にあった結核療養所の建築様式、および図面などあれば、資料名やページ番号を知りたい。
特に、結核療養所の建築様式に関する記述と建築図面を知りたい。建物配置図のみでも可。
回答
(Answer)
1.石川県内の結核療養所について
(1)『石川県に於ける結核対策の回顧』結核予防会[編] 結核予防会 1950 (K498.6/3)
・「20床以上の病院における結核病床数調(昭和24年1月31日現在)」(p105~106)および「療養施設利用状況」(p107)より、当時の結核療養所と考えられるのは、国立石川療養所(結核病床数700うち収容結核患者数383)、国立療養所医王園(285うち88)、国立七尾療養所(100うち35)、国立金沢若松園(100うち60)、石川県立教員保養所(40うち17)です。
(結核病床数および収容結核患者の合計が、療養施設利用状況の同じデータ数と一致するためです)
(2)『石川県史 現代篇 3』 石川県編 石川県 1964 (K209/1/3)の「結核問題」の項目
・「金沢市若松療養所(大正15年8月創設)が昭和7年1月と昭和18年3月の両度にわたって拡充され100床を持つに至り」(p433)とあります。
・昭和13年に「県立結核療養所医王園が定員285名」で開所、「県立教員保養所が定員40名で開所」(p436)とあります。
・昭和14年に「傷痍軍人石川療養所が定員700名を以て5月に開所」(p437)とあります。
・昭和17年に「鹿島郡七尾療養所松百園、江沼郡錦城園が新設」(p441)とあります。
このことから、金沢市若松療養所、県立結核療養所医王園、県立教員保養所、傷痍軍人石川療養所、鹿島郡七尾療養所松百園、江沼郡錦城園が存在していたことが分かります。江沼郡錦城園は、(1)には含まれていません。これは、昭和22年7月に錦城園が石川療養所と合併したからと考えられます。( http://www.hosp.go.jp/~isikawa/about/cnt0_000003.html )2014-7-24確認

2.各施設の図面
(1)石川療養所・・・現在の名称は、独立行政法人国立病院機構石川病院。昭和14年2月、傷痍軍人療養所の1つとして創設。昭和20年代の全景図が、同病院のホームページに掲載されています。( http://www.hosp.go.jp/files/000006005.jpg )2014-7-24確認
(2)国立療養所医王園・・・現在の名称は、独立行政法人国立病院機構医王病院。昭和13年11月石川県結核療養所として創設。( http://www.hosp.go.jp/~iou/about/summary.html )2014-7-24確認
『医王病院ニュース』3号 独立行政法人国立病院機構 医王病院 2006は、2006年以後の病棟更新築についてのお知らせが掲載され、これまでの病院の建物の建替えについて簡単に触れられています。「昭和13年に石川県立療養所医王園(結核療養所)として創設」。のちに結核患者の激減に伴い、昭和44年を皮切りに「結核医療からの転換及び木造病棟の建替えを行ってきた」とあります。(p12)また、更新築前の病棟の平面図(平成18年ごろと推測される)が掲載されています。(p13)
(3)国立七尾療養所・・・現在の名称は、独立行政法人国立病院機構七尾病院。昭和20年 1月、日本医療団松百園として創設。( http://www.nanao-hosp.jp/guide/outline.html )2014-7-24確認(『石川県史』と創設年が異なっています)
(4)国立金沢若松園・・・平成17年、独立行政法人国立病院機構医王病院と統合。『金沢市若松療養所年報 昭和8年』 金沢市若松療養所編 金沢市若松療養所 1934 (K498.1/4/33)に、大正12年に結核療養所の設置を命じられたため設立(p1)とある。同書には、「金沢市若松療養所平面図」掲載。なお、同書の昭和10年、12年度版にも掲載。
また、『金沢市若松療養所要覧』金沢市若松療養所編 金沢市若松療養所 1933 (K498.1/4/32)には、
「(三)建設 
位置決定後大正十三年十一月十五日敷地々均工事ニ着手シ大正十四年五月二十六日竣工ス 
建物建築ニ就テハ収容定員六十名の豫定ヲ以テ工事設計ヲ行ヒ大正十四年五月十六日内務大臣ノ許可ヲ得同年八月十一日工事ニ着手シタルニ冬季間雨雪甚タシク諸材料ノ運搬等ニ支障ヲ蒙リ工事進捗セサル為豫期ノ如ク年度内ニ竣工ヲ見ルヲ得ス漸ク大正十五年六月三十日竣工ヲ告ケタリ
此建物總坪數六百八坪五合建設費總額拾貳萬四百圓」(p1)とあります。

3.石川県内の建築物に関する資料
以下の資料に、石川県内の建築物の平面図等が掲載されておりますが、結核療養所の平面図は見つかりませんでした。
『石川県医事年表』 松本 三都正著 松本三都正 1943 (K490/1)
『石川の社会資本』 北陸地方建設局金沢工事事務所[編] 北陸地方建設局 2000.4 (K510/1002) p215-239
『石川の土木建築史』 石川県土木部[編] 石川県土木部 1989.4 (K510/21) p219-267
『石川県の近代和風建築』 石川県教育委員会編集 石川県教育委員会 2010.3 (K520/1032)
『金沢の歴史的建築』 金沢市教育委員会編 金沢市教育委員会 1986.3 (K520/1019)
『つちおと 3』 石川県土木部営繕課[編] 石川県土木部営繕課 1998.3 (K525/20/3)
『つちおと 4』 石川県土木部営繕課[編] 石川県土木部営繕課 2002.2 (K525/20/4)
『つちおと 2』 石川県土木部営繕課[編] 石川県土木部営繕課 1993 (K525/20/2)
『つちおと』 石川県土木部営繕課編 石川県土木部営繕課 1983 (K525/20)
『石川県の近代化遺産』 石川県教育委員会編集 石川県教育委員会 2008.3 (K520/1028)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
医学.薬学  (49 9版)
参考資料
(Reference materials)
1 石川県に於ける結核対策の回顧 結核予防会∥[編] 結核予防会 1950 K498.6/3

2 金沢市若松療養所年報 昭和8年 金沢市若松療養所∥編 金沢市若松療養所 1934 K498.1/4/33

3 石川県史 現代篇 3 石川県∥編 石川県 1964 K209/1/3

4 金沢市若松療養所要覧 金沢市若松療養所∥編 金沢市若松療養所 1933 K498.1/4/32

5 医王病院ニュース 通巻1号~通巻15号 独立行政法人国立病院機構 医王病院 2006-
キーワード
(Keywords)
結核
建築
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000165337解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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