レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年10月05日
- 登録日時
- 2023/01/12 16:26
- 更新日時
- 2023/04/15 12:53
- 管理番号
- 関大総図 22N-23J
- 質問
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解決
昔の死亡記事における「氏」と「さん」の使い分けについて。
記者ハンドブック9版では差別語・不快用語の項目が追加されていたが、9版の一般死亡記事では「氏」と「さん」を使い分けるように書かれていた。
昔は氏名だけでは性別の区別がつきにくいといった理由などで敬称を区別する文化があったのだろうか。あるとすれば何故区別する必要があったのか。
- 回答
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新聞記事における男女に対する敬称の使い分けに関する研究として、田中和子および女性と新聞メディア研究会による実証的な研究があります。
本研究をベースに、参考となる他の文献も加味しつつ、以下回答します。
上記実証研究の成果として、田中和子ほか「新聞紙面にあらわれたジェンダー : 性差別表現の量的分析を中心に」(『國學院法学』28 (1), pp.87-119, 1990)では、一般的に「氏」の表現効果として、「堅い感じ」があるが、「さん」には、あたりを柔らかくし、親しみやすさを出す効果があると言えるとし、女性の場合、たとえ社会的に高い地位を確立していても、女性だから柔らかい雰囲気を出すべきだ、という性役割感に基づき「さん」が用いられていると分析されています(pp.107-109)。
その裏付けとして、1989年10月17日の朝日新聞記事「座談会 女性からみた日本の新聞」(東京朝刊14頁)における発言が引用されており、女性の編集委員からの「死亡記事では、男性は「氏」、女性は「さん」、どうして違うのか」との質問に対して、男性の編集局長が「日本語の語感の問題があると思う。女性には「さん」と言った方が、響きが違う。800万部の家庭の読者がおり、一つに統一すれば簡単かもしれないが、逆に読者にとって不親切になりはしないか」という旨の回答で応じています。
上記論文で著者は、当該記事を踏まえ、「読者の世論」の名を借りて男女に異なった敬称を使うことで「男は“剛”、女は“柔”」といった二分法的な性役割を押し付け、それが男女の優劣(上下関係)を暗にほのめかすはたらきも持つ、と指摘しています。
同様の論調は『メディアに描かれる女性像 : 新聞をめぐって : 反響編付』(メディアの中の性差別を考える会著. -- 増補. -- 桂書房, 1993. 以下『女性像』と略記)でも見られます。本書では、新聞に見える「性差別的表現」を3タイプに分類、そのうち分類タイプA(差異の強調)の1パターン、「必要性がないところにまでことさら男女を区別する記述」の例として、死亡記事における男女の敬称の使い分けが挙げられ、「一般的に「氏」のほうが敬意の度合いが高く、公的、社会的な地位や専門性を表し、「さん」は日常性や親しみやすさを表すとみられていることから、暗に男が上、女が下という関係を示唆する効果を持っており明らかな差別と言える」としています(p.21)。
また、同書の「反響編」の記事の一つ、斉藤正美「死亡記事とおくやみ欄」(pp.305-306)では、著者が報道関係者との話し合いの中で「氏」ではなく「さん」に統一することを提案した際、報道関係者には「一見して男か女かがわかるほうが便利」、「区別するのは差別ではない」といった意見が根強い、との記述があります。
上記『女性像』は、土井由三「時代を読む感性を鍛える」(『新聞研究』535号,pp.37-39,1996)でも言及されています。著者は当時の北日本新聞社の編整本部長で、北日本新聞では、「死亡記事」は男女の区別が情報として大切なので使い分けているが、「おくやみ欄」は市町村別で、最寄りの読者には男女の区別はわかっており、むしろ読者が知りたい情報は葬儀がいつ、どこで行わるか、という情報なので、「さん」づけに統一している、との説明があります。
その上で『女性像』の「死亡記事における男女の敬称の使い分けは明らかな差別であるからやめよ」との主張に対し、やがては「さん」に統一される運命にあるとはいえ、素直には受け入れられないとし、事実を伝えるのが新聞の役目であり、表現方法として他の方法がなく、伝えるためにはむしろ必要な場合は、『女性像』で批判されている「性差別的表現」でも使うのが妥当である、と反論しています。
田中和子ほか「新聞紙面にあらわれたジェンダー(その2) : 性差別表現をめぐる一九九一年の紙面分析を中心に」(『國學院法學』32 (3), pp.117-179, 1994)では、死亡記事における「氏」と「さん」の使い分けについて、著者が、ある新聞記者に理由を訊ねたとして、2つの理由が挙げられています。
一つは、報道内容における性別が「重要な情報」として新聞社側に強く認識されていること、従って記事中の人物が、男か女かを明示しない記事は、最低限の「情報」を満たしておらず、新聞記者として「落第」であること、二つ目に、読者にも男か、女かをわからせるために、「氏」と「さん」の使い分けが便利だという理由です(pp.145-148)。
上記の他、同じ朝日新聞の別の記事「「性差」敏感な議論を 朝日新聞「報道と人権委員会」第6回定例会」(2002年2月10日 東京朝刊29頁)では、死亡記事の敬称で「氏」と「さん」を使い分ける理由につき、「性別は必要な情報だと考え、簡明に示す方法として30年以上も前から慣習として使い分けてきた。肩書で死者に区別を設けるのをやめて平等に扱う意味もあった」と記載されています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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朝日新聞2002年10月13日朝刊「紙面をジェンダーの視点で 新聞週間特集」にて社内の取り決め集を改訂したこと、それを機に一般死亡記事の敬称を男女ともに「さん」にしたと書かれていた。
- NDC
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- ジャーナリズム.新聞 (070)
- 家族問題.男性.女性問題.老人問題 (367)
- 参考資料
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- 田中 和子 他. 新聞紙面にあらわれたジェンダー : 性差別表現の量的分析を中心に. 1990. 國學院法學 28(1) p. 87-119, ISSN 04541723 (当館請求記号 M*320.5*KO472, 当館資料番号 400989531)
- 田中 和子 他. 新聞紙面にあらわれたジェンダー(その2) : 性差別表現をめぐる一九九一年の紙面分析を中心に. 1994. 國學院法學 32(3) p. 117-179, ISSN 04541723 (当館請求記号 M*320.5*KO472, 当館資料番号 206064004)
- 田中 和子 他. 新聞紙面にあらわれたジェンダー : 第六回調査の量的分析を中心に. 2017. 國學院法學 54(4) p. 15-130, ISSN 04541723 (当館請求記号 M*320.5*KO472, 当館資料番号 410956686)
- メディアの中の性差別を考える会. メディアに描かれる女性像 : 新聞をめぐって : 反響編付 増補. 桂書房, 1993. (当館請求記号 *367.6*M6*1(2), 当館資料番号 303192933)
- 土井 由三. 時代を読む感性を鍛える--「女性」表現は変わったか. 日本新聞協会, 1996. 新聞研究 535 p. 37-39, ISSN 02880652 (当館請求記号 M*070.5*S1, 当館資料番号 206923856)
- キーワード
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- ジェンダー
- 新聞
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 質問者区分
- 学部生
- 登録番号
- 1000327252