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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000128808
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-283
事例作成日
(Creation date)
2013年02月26日登録日時
(Registration date)
2013年03月13日 10時10分更新日時
(Last update)
2013年06月11日 19時50分
質問
(Question)
会津藩山神流は、どのような兵法か。流祖は誰か。
回答
(Answer)

『武芸流派大事典』『武芸流派辞典』等の資料に、流祖について記載があった。
その他、〈山神流〉について関連の記述のあった以下の資料を紹介した。
 

事典類を調査
『武芸流派大事典』(綿谷雪、山田忠史編 新人物往来社 1969)p735〈山神流(軍法、築城、剣)〉の項あり。「祖は山神政光。山本勘助と親しかった。葦名盛隆に招かれて会津へ行き、軍師となる。葦名氏が滅んで後、保科家が領主になってから同藩へこの流が入ったのは、四代目の向井新兵衛吉重からであった。」とあり。系譜あり。

『武芸流派辞典』(綿谷雪共、山田忠史共編 人物往来社 1963)p414〈山神流(軍法、築城)〉の項あり。「山神政光。山本勘助と親しかった。葦名盛隆に招かれて会津へ行き、軍師となる。」とあり。
 

兵法に関する資料を調査
『日本兵法史 兵法学の源流と展開 下』(石岡久夫著 雄山閣 1972)p260 「『会津藩教育考』によれば、第一の練兵は、兵要録中練心胆編を授け、それより兵談・将略・選士・編伍・懸令・賞格・練銃頭・教旗鼓・検従馬を講習し、熟練の上山神流の築城法の内、平山城・平城・山城の三法を講習したるものは、師範これを試み、練兵卒業とせり。」とあり。
 p261上記の説明として、「(前略)これらに習熟ののち山神流の築城法が講習され、試験の結果練兵卒業となったのである。山神流の築城法を兼修することは、長沼流に築城法がなかったためで、会津藩で早くから採られていた方法である。」とあり。また、「『会津藩教育考』に、練兵卒業の後誓詞を出し、出師編および陣法営法を講習し、山神流堺目許(サカヒメユルシ)を得しものは、師範これを試み、出師卒業とせり。」とあり。
 p271山神流の註釈あり「山神流兵法は山神政光の遺法で、その伝を受けた向井吉重が、承応頃会津藩における同流の祖として講授したのに始まり、文化4年(1807)7月に正式に会日を定めて行われ、文政9年(1826)3月16日には、法度書によりこの築城法を修めなければ、「出師、戦格」に進めない制度が設けられた。」とあり。
 

会津藩に関する資料を調査
『続日本史籍協会叢書 3-8 会津藩教育考』(日本史籍協会編 東京大学出版会 1978)p164〈文化4年〉の項に、「山神流軍學の稽古を開かる」とあり。 「按ずるに山神流は山神政光の遺法にして、我が藩の初は承応年間向井吉重より伝へ宝暦年間には原田種陽これを師範し、後は何人に伝わりしや」「長沼流には築城法なきを以てこれを取られしものならん」(小笠原家系譜)とあり。参照に文政9年を併観すべしとあり。
 p179〈文政9年〉の項あり。 「山神流築城法を収めざれば武講出師戦格に進むべからずの制度を設けらる。」(法法度)とあり。
 p245「武講并土圖場」の節に、 「伊南芳通は河陽傳、向井吉重は山神流、望月安光は太子流の軍學を以て神君の親問に答ひしこと時々なりしかば」とあり。
 p254「土圖場は築城法を学ぶ所にして山神流の法なり。」から始まる1ページの説明あり。「政光は甲利清信に伝ひ、清信は松本吉政に伝ひ、吉政は向井吉重に伝ふ、我藩の祖は吉重なり。」とあり。文末に「その書は古陣圖辨五冊 軍要寶鑑抄五百六十四條 當劒雌雄之巻等なり。」とあるが、所蔵なし。
 p401〈雑事〉の項で、慶応年間の文武師範一覧の中に、「武講(中略)山神流 香坂源五郎」の記述あり。
 p410-566「古人事歴」収録。
 p434-436〈向井吉重〉の項あり。【山神流】
 p471-472〈片桐朝龍〉の項あり。【山神流】

『わかりやすい会津の歴史 古代・中世・近世編』(長尾修著 歴史春秋出版 2011)p375「築城術は向井吉重の伝えた山神流を学んだ。境目許・印可の二階級があったという。」

回答プロセス
(Answering process)

兵法に関する資料を調査
『日本兵法全集 4 長沼流兵法』(石岡久夫編集 人物往来社 1967)長沼流の記述中p27、28に山神流の名前があるのみ。p28「山神流の築城法を併せ修めた者を師範が試験し」
『日本兵法全集』2・3・5巻の総論および系譜をざっと確認するが、〈山神流〉〈山神政光〉なし。

〈築城〉に関する資料から〈山神流〉を調査
『城と城下町 築城術の系譜』(高見敞志著 技報堂出版 2009)p133 蒲生氏郷について記述あり。「1549年(天正18)年、氏郷は会津に転封されて黒川城に入った。(中略)家臣曽根内匠に命じて甲州流の縄張りを用いて築城し、郭内には上級武士の邸宅を列ね、郭外には商舗・職工軒を並べ、市街を区画し直してこれを端正なものにしたとされる。」
『築城史料』(日本城郭協会 1976)p264-265「山本晴幸、小幡景憲、北条氏長、山鹿高祐、葛西成資、長沼宗敬等は、其の最著名なるものなり。」とあり。山神流について記述なし。
『城 築城の技法と歴史 読売選書』(伊藤ていじ著 読売新聞社 1973)p129-157「縄張りの技術」を確認するが、山神流の記述なし。
 

その他調査済み資料は以下のとおり。
『探訪日本の城 別巻 築城の歴史』(日本アートセンター編 小学館 1978)
『日本城郭事典』(秋田書店 1983)
『日本城郭辞典』(鳥羽正雄著 東京堂出版 1971)
『会津の英学』(松野良寅著 歴史春秋社 1991)
『会津・斗南藩史』(葛西富夫著 東洋書院 1992)
『白虎隊と会津武士道 平凡社新書 142』(星亮一著 平凡社 2002)
『福島県史 3 通史篇』(臨川書店 1984)
『福島県史 22 人物』(福島県 1972)

事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
古代兵法.軍学  (399 9版)
参考資料
(Reference materials)
『武芸流派大事典』(綿谷雪、山田忠史編 新人物往来社 1969)
『武芸流派辞典』(綿谷雪共、山田忠史共編 人物往来社 1963)
『日本兵法史 兵法学の源流と展開 下』(石岡久夫著 雄山閣 1972)
『続日本史籍協会叢書 3-8 会津藩教育考』(日本史籍協会編 東京大学出版会 1978)
『わかりやすい会津の歴史 古代・中世・近世編』(長尾修著 歴史春秋出版 2011)
キーワード
(Keywords)
武道
兵法
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000128808解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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