レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20150610
- 登録日時
- 2018/11/17 00:30
- 更新日時
- 2018/11/17 00:30
- 管理番号
- 0001002369
- 質問
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解決
東村字慶佐次のシーサー(石獅子)について知りたい。
- 回答
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①
『東村史 第1巻 通史編』(東村史編集委員会 編、東村役場、1987.12)
p124 「集落内では、本部落の南北両端に各々シーシーとよばれる獅子の石像が置かれている。第一章でも触れたように、慶佐次の集落は元はこの両シーシーまでがその範囲だった。」の記述がある。
p406 「図45 慶佐次の聖地と拝所」の地図で、南北のシーシーの記載がある。
p410 「獅子の小祠」の項目で、「旧村の南北両境には村外に向かうようにして雌雄一対の獅子像が安置されている。獅子像はシーシーとかシーサーと呼ばれ、村落の前、すなわち南側にあるのが雌獅子(p406 図45④)、村落の後、すなわち北側にあるのが雄獅子(p406 図45⑤)とされている。双方は村落内に魔物や悪疫が侵入するのを防ぐという目的で祀られており、獅子の祭りは旧九月九日に実施されている。」の記述がある。
②
『沖縄の魔除け獅子』(長嶺 操 著、沖縄村落史研究所、1982.7)
p46-47 「1、東村字慶佐次の獅子」の項目で、 p46「東村慶佐次には二体の村落獅子が現存する。現在判明している村落獅子の中で、本島においては最北端に所在している。村落の北側入口と南側入口に安置されている。獅子(A)は村落の南側にあり、製作者、制作年代共に不明である。とにかく古いものであることにはまちがいない。獅子(B)は、古くから伝わってきた石獅子が消失してしまったので、戦後新しくつくったものである。その古い獅子は盗まれたとのことで、戦前制作の古い獅子がもどってくることを祈りたい。」の記述がある。
p46 「東村字慶佐次の獅子(A)(正面)」の写真がある。
p47 「東村字慶佐次の獅子(A)(側面)」、「東村字慶佐次の獅子(B)(正面)(古い獅子が盗難にあい戦後の製作)」の写真がある。
p226-233 「沖縄の村落獅子一覧表(現存する村落獅子)」で、p226 「1 東村字慶佐次 二体 A(南南西 長さ 約四〇センチ 幅 約二五センチ 高さ 約五〇センチ) B(北 長さ 約五四センチ 幅 約三三センチ 高さ 約五〇センチ 戦後製作)」の記述がある。
③
『美ら島沖縄 沖縄県広報誌 2005年1月?12月 第29巻1号?12号(通巻352号?363号)』(沖縄県広報協会//編・刊、2007.3)
2005年6月357号p21 「石獅子見聞録 写真と文 井上ひで男 ②東村慶佐次(げさし)」の項目で、「村を守るのは2頭の石獅子だ。1頭は村の南側の桑の木の下に、もう1頭は北側の共同売店の裏に置かれている。北側の獅子は盗まれて戦後造り直したそうだ。そのせいか、新しいものは本土の狛犬のような顔つきをしている。」の記述がある。
「写真A 南側の桑の木の下にある南側の獅子」、「写真B 共同売店裏の北側の獅子」がある。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 社会科学 (3)
- 参考資料
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- 東村史 第1巻 東村史編集委員会/編 東村役場 1987.12 (p124,406,410)
- 沖縄の魔除け獅子 長嶺 操/著 沖縄村落史研究所 1982.7 (p46-47,226-233)
- 美ら島沖縄 沖縄県広報誌 2005年1月?12月 第29巻1号?12号(通巻352号?363号) 沖縄県広報協会 2007.3 (2005年6月357号p21)
- キーワード
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- 東村慶佐次
- シーサー
- 石獅子
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000245953