レファレンス事例詳細(Detail of reference example)
提供館 (Library) | 島根県立図書館 (2110035) | 管理番号 (Control number) | 島根参2018-11-003 | |||||||||||||
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事例作成日 (Creation date) | 登録日時 (Registration date) | 2018年11月30日 11時58分 | 更新日時 (Last update) | 2019年01月09日 10時09分 | ||||||||||||
質問 (Question) | 松平不昧公(治郷)と出雲蕎麦の関わりについて知りたいです。不昧公と蕎麦にまつわるエピソードが書かれた本はないですか。 | |||||||||||||||
回答 (Answer) | 当館所蔵から以下の資料を紹介。 【資料1】『出雲はなぜ「割子そば」か?その謎に迫る』(ワン・ライン 2017) p41~44 「蕎麦大好きの大名茶人・松平不昧公」 ・・・(前略)・・・ 不昧公が、そばに魅入られた方であることを示す資料があるので次に紹介する。 米澤義光『松平不昧公茶会記二題』(二〇一四・一一・七 能登印刷出版部)に掲載されている献立の中に(島根県立図書館蔵本 文化六年八月二三日)、「御菓子」として「古刷毛目鉢」の器に盛った「薄蕎麦皮焼 摺つぶしあん とも」がある。同じ著者の『「大圓菴様御一代御茶事記」翻刻』(二〇一五・一二・一〇 能登印刷出版部)の献立の中には(手銭記念館所蔵本 文化七年一二月二十日)、「御蕎麦湯 播磨鍋」とある。 前者はそばの香ばしさを楽しむお菓子であることがわかる。後者は寒い時季の体を温め健康に良い飲み物であるそば湯を賞味する趣向であり、そば切りを出さずに、そば湯を出している所が心憎い。この二つの事例を見ても、不昧公がそばの本質を理解しそばをこよなく愛した人であることが分かる。 【資料2】『松平不昧公茶会記二題 島根県立図書館所蔵・雪圃珍蔵『雲不昧侯會席記』と加賀国金澤・亀田是庵所蔵『大圓庵大崎御茶會誌』から』(能登印刷出版部 2014) p24 (文化六己巳年=西暦一八〇九年か) 己八月廿三日 御風炉名残 正午 清水ニ而 【資料3】『雲不昧侯會席記』 ※デジタル化資料、複写資料で閲覧・複写可 【資料4】『松平不昧伝』(原書房 1999) 下巻 第六章 逸事 p204 ・・・又飲食につきては、敢て嗜好称すべきものなかりしが如きも、蕎麦は最も其嗜好せるものなりき。述懐の歌(文藝の章参照)にも、蕎麦をくひ茶をのむ外に望なきよしを詠み、雪川と合作の文にも、味のよさは蕎麦の二杯目の如しと書き、朝日丹波の年譜にも参覲前に、蕎麦を献上せることを載す。・・・ 【資料5】『風流大名蕎麦』(中央公論新社 2003) p33~45 「松平不昧公がご三家に振舞った意外な蕎麦」 茶人(不昧)としても有名だった松平出羽守治郷(松江藩主)は、たいへん蕎麦好きだったことでも知られています。・・・(中略)・・・不昧公は、瓢形を印にも使うほど飄逸闊達で、いろいろな楽しい逸話が伝えられています。そんな性格から、大の蕎麦好きだった不昧公に、蕎麦のおかしみのあるフィクションもあっていいはずと、『不昧公夜話』がつくられていったのでしょう。・・・ 【資料6】『サライ 2002.1.1 特集 名君がたぐった大名蕎麦-光圀、吉宗、松平不昧・・』 p30~31 「松平不昧(松江藩主) 蕎麦と茶と庭造りをこよなく愛した風流大名」 出雲地方では、来客はもとより、配達に訪れた郵便屋さんや、行商の魚屋さんにも茶をすすめるほど茶道が盛んである。これは松平不昧が茶を好んでいたことに由来する。同じように出雲地方で蕎麦が好まれ、「出雲蕎麦」が名物になったのも、松平不昧の影響が大きい。松平不昧は茶会の折、蕎麦を使った菓子なども出し、好物の蕎麦と茶を同時に楽しんでいた。・・・ 【資料7】『出雲そばの手打ちの技術』(旭屋出版 2008) p7 「出雲そばと不昧公」 松江で最も有名な殿様が、松平治郷(雅号・不昧公、1751~1818)である。不昧公は松江藩の七代目の藩主で、産業と文化を振興した名藩主として名高い。茶人としても知られ、そばが大好物だったと伝えられている。そばを茶懐石に取り入れてそば懐石を考案したのはこの殿様だったと言われ、そばの地位を高めるのに貢献した。 【資料8】『おいしい出雲そばの本 端麗にして美味パワフル伝統食』(ワン・ライン 2000) p33~57 「座談 出雲そばの風土と伝統」 ・・・五十六歳で隠居して六十八歳でなくなるまでの十二年間、大崎(品川)の別邸で過ごし、お茶会でそば懐石を催します。すでに、茶禅一味の境涯の中で、まさに天下の数寄大名として君臨しています。茶の湯の懐石は精選された高度な食文化のひとつです。それに対してそばは庶民的なものです。両者を対比しての見せ方は、色々な解釈の仕方があるんじゃないですか。・・・ 【資料9】『しまねの大ごっつお』(メリット 2003) p20 「名君も愛した手打ちの名品をめぐる旅 母なる大地のそばに歴史あり」 出雲地方でさらにそばの文化が花開いたのは、今から約250年前。7代目松江藩主・松平不昧公(本名・治郷)のときである。茶人としても広く知られる不昧公は大変なそば好きであったことから、城内のみならず町全体にそばを食べる習慣が定着。この頃のそば文化が今に影響している。・・・ 【資料10】『蕎麦の旅人 なぜ、日本人は「そば」が好きなのか』(文芸社 2017) p121~127 「出雲そばは割子と釜揚げ 島根」 出雲松江藩の第七代藩主・松平治郷(不昧・一七五一~一八一八)は江戸に生まれ、十六歳で藩主となり改革を断行して藩の財政を立て直したが、そばをこよなく愛し、茶道(不昧流)でも一流の才能を持つ風流人で、茶道具の蒐集に大金をはたくことを厭わなかった。不昧公の趣味のお陰で、松江は茶処・菓子処、そば処になったともいえよう。・・・(中略)・・・ 不昧公のそば好きを題材にした古典落語「不昧公夜話」まで誕生した。不昧公が夜蕎麦売りの風鈴の音に誘われて、・・・(後略)・・・ 【資料11】『蕎麦無限』(展望社 2004) p166 ・・・この農民の粗野な雑食は松江藩の奨励により独特の蕎麦文化に高められた。とくに七代藩主松平治郷(不昧公)の茶道の影響は大きい。 | |||||||||||||||
回答プロセス (Answering process) | ||||||||||||||||
事前調査事項 (Preliminary research) | ||||||||||||||||
NDC |
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参考資料 (Reference materials) |
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キーワード (Keywords) |
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照会先 (Institution or person inquired for advice) | ||||||||||||||||
寄与者 (Contributor) | ||||||||||||||||
備考 (Notes) | ||||||||||||||||
調査種別 (Type of search) | 文献紹介 | 内容種別 (Type of subject) | 郷土 | 質問者区分 (Category of questioner) | 社会人 | |||||||||||
登録番号 (Registration number) | 1000246707 | 解決/未解決 (Resolved / Unresolved) |