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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼浦-2013-007
事例作成日
(Creation date)
2013年04月16日登録日時
(Registration date)
2013年07月19日 16時44分更新日時
(Last update)
2013年09月06日 09時09分
質問
(Question)
『古今著聞集』の作者、橘成季(たちばなのなりすえ)は清少納言の子孫なのか知りたい。
回答
(Answer)
従来、橘成季は橘則光(清少納言の離別した夫)の子孫であるとの説があったが、近年これを疑問視する説もある。また橘有季を父とする説もある。

回答プロセスにある調査経過を回答した。
回答プロセス
(Answering process)

『古今著聞集』を調査する。


【橘清則(清少納言の夫・則光の四代後)を父とする説】
『日本古典文学大系 84 古今著聞集』(岩波書店 1966)
p6-9「古今著聞集」の著者「橘成季」に関する記述があるが、「橘成季の伝記はまだよくわかっていない」とあり、詳細は不明とあり。また「明月記」に「右衛門尉成季、近習無双、故光季養子、基成清成等一腹弟」とあり、橘則光(清少納言の夫)の五代後の清成と兄弟であるとの記述がある。橘氏系図(類聚本)に則光-則長-則季-清信-清則-清成とあり。ただし「年代的にも多少の疑問が残らないでもない」とある。
『鑑賞日本古典文学 23 中世説話集』(角川書店 1977)『古今著聞集 上』(中島悦次校注 角川文庫 1978)『説話文学必携 日本の説話・別巻』(東京美術 1976)にも同内容の記述あり。

 
『新潮日本人名辞典』(新潮社 1991)
〈清少納言〉の項には「橘則光と結婚、則長らを生む」とあり上記の系図では則長は清少納言と橘則光の子で清茂の四代前であることがわかる。
  

『国史大系書目解題 上』(吉川弘文館 1971)
p255「橘成季については黒川春村の「碩鼠漫筆」が「明月記」の寛喜二年四月二十四日の賀茂祭の記事を引用して以来常にその記事があげられている。その記事によると殿下近習侍五人の一人として「右衛門尉成季 近習無双、故光季養子、基成清成等一腹弟也、」とみえ、橘とはないが、橘系図に光季がみえ、清則の子に清成がみえることによって、現在の橘系図を補足しうるものと考えられている。」とある。
また、典拠となっている『明月記』『碩鼠漫筆』の記述は以下のとおり。
『訓読明月記 5』(河出書房新社 1978)
p148下段「今日使の共人、殿下近習の侍五人を催し遣すと云々。右衛門尉成季(近習無双。故光季養子、基成清成等一腹の弟)とある。
『碩鼠漫筆』(『続日本随筆大成 7』 吉川弘文館 1980)
p50「又此成季は明月記寛喜二年四月廿四日、賀茂祭使共人交名に、右衛門尉成季。近習無双。故光季養子。基成清成等一腹弟とある人なるべし。但尊卑分脈の脱漏なる橘系図には、光季を限りにて、其子孫を載せねば成季は見えず。」との記述あり。
  

『日本重要人物辞典 新訂』(教育社 1988)
p473〈たちばなのなりすえ 橘成季〉の項あり。
出生欄に「父 清則?」と記載あり。履歴欄に「1230(寛喜2)年頃、右衛門尉。九条家に仕官」と記載あり。
逸話欄に「成季の伝記はよくわかっておらず、生年は1205(元久2)年頃、没年は1272(文永9)年以前、橘清則の子として生まれ、同族の橘光季の養子になったという説がある。これによれば、橘諸兄(もろえ)の16代の孫ということになる。」という記述あり。上記逸話の典拠の記載なし。
『国書人名辞典 3』(岩波書店 1996)p206「橘清則の男。橘光季の養子。」とある。
『日本史人物辞典』(山川出版社 2000)p540「橘則光の玄孫清則の子。光季の養子。」とある。
『平安時代史事典 下』(角川書店 1994)p1575「清則の子で、同族光季の養子となった。」とある。

  
【橘有季を父とする説】
『日本古典文学大事典』(明治書院 1998)
〈橘成季〉の項には、近年有力視されている従五位下蔵人太夫備後権守有季を父にあてる説の記述あり。
参考文献は「橘成季 国家意識と説話文学」(中野悦次著 三省堂 昭和17年)(未所蔵)
ただし、同じ中野悦次校注の『古今著聞集 上』の解説に『日本古典文学大系 84 古今著聞集』とほぼ同内容の記述あり。
  
『平家物語 史と説話』(五味文彦著 平凡社 1987)
従五位下蔵人太夫備後権守有季を父にあてる説の記述がp241-280「第3章 古今著聞集と橘成季」にあり。
 
『日本古典文学研究史大事典』(勉誠社 1997)
古今著聞集の項の研究史に著者橘成季に関する記述あり。『日本古典文学大事典』と同様、二つの説についての記述あり。
 
『日本古典全集 〔4-46〕古今著聞集』(現代思潮社 1983)
巻末「古今著聞集考」のp2-5「作者」に、成季についての記述あり。
その記述から作成した系図を掲載している。(諸兄-奈良麻呂-敏政-則光-季通-季綱-光綱-政光-清光-光季-成季)
「橘諸兄十六代の孫となり、養父光季の叔母は太政大臣藤原頼實の妾で、右大臣師経の母であることが明らかになっている。」との記述あり。
 
『朝日日本歴史人物事典』(朝日新聞社 1994)
p1024〈橘成季 たちばなのなりすえ〉の項あり。
「生没年不詳(中略)父は九条道家、西園寺公経などに仕えた有季。鎌倉初期に生まれ、父と同じく九条道家や西園寺公経などに仕える五位の文士であったが(以下略)」とある。
『コンサイス日本人名事典』(三省堂 2009)p824「父は橘有季」とある。
 
《CiNii》を〈橘成季〉で検索し、関係すると思われる記事を調査する。
宮田和美「橘成季の周辺」(『国学院雑誌 87巻1号』p75-97 國學院大學 1986)
五味文彦の『平家物語 史と説話』の説を「追認し、補強する立場」とあるが、成季の家系について直接的な言及はなし。
  

以下の橘氏の系図に〈則光〉〈則長〉はあるが〈成季〉なし。父とされる〈光季〉はあり。
『群書類従 5 系譜部』p273、 『姓氏家系大辞典 2』p3485、 『系図纂要 14 下 号外』p349

《whoplus》を〈橘成季〉で検索し調査する。清少納言との関係についての記述なし。
《Google books》を〈橘成季 & 清少納言〉で検索する。
「高校入試かんたん新書 古典を楽しく」(文理 1999)県内未所蔵。
p57〈橘成季ってどんな人?〉の項目内に「清少納言の夫 橘則光の子孫。「枕草子」の作者清少納言は、十六歳の時橘則光と結婚し、則長を生んだそうだ。成季はその則長から四代後の子孫に当たる。」との記述あり。


   
その他調査済み資料
『日本文化文学人物事典』『清少納言をめぐる人々』『清少納言 人と文学』『清少納言 感性のひらめき』『鎌倉・室町人名事典』『新潮日本人名辞典』『岩波日本史辞典』『講談社日本人名大辞典』『「鎌倉・南北朝・室町」を知る本』『日本中世史事典』『日本古代中世人名辞典』『日本人名大事典 4』『日本音楽大事典』


事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
日本文学  (910 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
橘 成季(タチバナ ナリスエ)
清少納言(セイショウナゴン)
人名辞典
日本文学-歴史-平安時代
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000134068解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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