レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年1月28日
- 登録日時
- 2021/01/28 16:29
- 更新日時
- 2021/03/22 12:27
- 提供館
- 京都市図書館 (2210023)
- 管理番号
- 右中ー郷土ー141
- 質問
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解決
木野のかわらけについて知りたい。
- 回答
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木野は京都市左京区岩倉幡枝町辺りにかつてあったとされる地名で,かわらけ(瓦器・瓦笥・土師器皿)とは素焼きの土器のことです。
京都では土器は近世頃まで庶民の食器として使用され,代表的な生産地としては今の伏見区の深草,右京区の嵯峨,左京区岩倉の幡枝の3ヶ所がよく知られていました。【資料2・3・8】
木野の人たちは,嵯峨で野々宮神社の祭祀用,朝廷献上用や庶民の食器としての土器などを作っていましたが,原料である陶土が不足したため,応仁年間(1467~1469)に良質の陶土が産出する幡枝の福枝に移りました。【資料1・2・4~8】
戦国期の兵火により,元亀年間(1570~1572)に木野へ移り,その後木野の地が禁裏御領地となったため,年に2回正装して朝廷に土器を献上するようにもなりました。【資料2・4・7・8】
木野での土器の製作は女性たちが担い,ろくろを使わず手づくねという手と肘と板で皿を成形する技法が用いられました。【資料1・3~5・7・8】
焼成後は男性が徒籠(かちんかご・かっちんかご)とよばれる竹の籠に入れ棒の両端につけて担ぎ,京の町で売り歩きました。【資料4・5・7】
近世末期には庶民にも陶器・磁器が普及したため生産が減少し,現在では引き継ぐ人はいなくなりました。【資料1・5~7】
- 回答プロセス
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●“木野 かわらけ”で当館所蔵資料を検索・・・【資料1】
●【資料1】の参考文献より・・・【資料2・3】
●木野があった“幡枝”で当館所蔵資料を検索・・・【資料4】
●幡枝があった“岩倉”や“洛北”で当館所蔵資料を検索・・・【資料5・6・7】
●京都の陶芸関連書棚を確認・・・【資料8】
- 事前調査事項
- NDC
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- 近畿地方 (216 9版)
- 日本 (291 9版)
- 陶磁工芸 (751 9版)
- 参考資料
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【資料1】『研究紀要 第11号 洛史』(京都市埋蔵文化財研究所 2017)
p65~75“木野・幡枝カワラケ(土師器皿)製作技法の復元的研究”東 洋一/著 - 【資料2】『日本のやきもの 京都』(淡交社 1986)p46~51“京焼以前”
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【資料3】『紀要 第1号』(滋賀県文化財保護協会 1988)p77~84“中世土師器皿と生産地”横田 洋三/著
滋賀県文化財保護協会HPにて公開(http://shiga-bunkazai.jp/download/kiyou/01_yokota.pdf)2021.1.30確認 - 【資料4】『岩倉・幡枝の今昔』(小谷夘之助 1983)p123~141“瓦笥(かわらけ)の里木野”
- 【資料5】『洛北岩倉研究 第2号』(中村 治/編 岩倉の歴史と文化を学ぶ会 1998)p39~48“木野のかわらけづくり”中村 治/著
- 【資料6】『洛北岩倉研究 第6号』(中村 治/編 岩倉の歴史と文化を学ぶ会 2002)p42“「木野」再考”中村 治・森田 和代/著
- 【資料7】『京都洛北物語』(坪井 正直/著 雄山閣出版 1972)p137~144“岩倉(京都市左京区岩倉木野町)”
- 【資料8】『京都窯芸史』(中ノ堂 一信/著 淡交社 1984)p29~32“幡枝の土器作り”
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【資料1】『研究紀要 第11号 洛史』(京都市埋蔵文化財研究所 2017)
- キーワード
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- 木野
- 幡枝
- かわらけ
- 土器
- 陶芸
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000293095