レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2009年07月22日
- 登録日時
- 2009/08/18 17:38
- 更新日時
- 2014/08/28 11:14
- 提供館
- 岐阜県図書館 (2110001)
- 管理番号
- 岐県図-1105
- 質問
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解決
京都の妙心寺にある「明智風呂」のいわれについて資料はないか。
- 回答
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1 川上孤山『妙心寺史』(思文閣,1984 7書庫:188.8/カ)を参照。第4章-2「明智氏と妙心」に記述あり。明智風呂は妙心寺・太嶺院住持で明智光秀の叔父、密宗が光秀の菩提を弔うため創建したとされる。
2 上記を受けて、なぜ菩提を弔うため風呂を作ったのか、光秀が風呂好きだったなどの特別な事情があるのか、『妙心寺大観』や風呂の歴史を書いたものに記載はないか、との追加質問を受けた。
・『妙心寺大観』(妙心寺派宗務本所,1972)には記載なし。
・大場修『風呂のはなし』(鹿島出版会,1986 7書庫:383.6/オ) … 「明智風呂のメカニズム」に記載あり(p.42)。光秀との旧縁から山崎の合戦で彼が討たれたとされる6月14日に毎年風呂を開放して「施浴」を行い、入浴に際して光秀の位牌に合掌し冥福を祈ったとある。
3 「施浴」について調査。武田勝蔵『風呂と湯の話』(塙書房,1990 7書庫:383.6/タ)に記載あり。「施浴」は、寺院で仏の功徳として無料で施すもの。当初は寺院が施主だったものが、後には僧俗の個人が積善や追善、また自分の死後の冥福などのために寺院に費用を納めて湯を沸かしてもらうようになったとある。
4 明智光秀に関する資料を参照。『俊英明智光秀』(学研,2002)p.82では、『兼見卿記』の記録として、元亀元年に光秀が来訪したとき石風呂を所望したとのエピソードを紹介しているが(原資料でも確認)、これをもって光秀を風呂好きとするものではない。
- 回答プロセス
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『古寺巡礼』は参照済み。
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 9版)
- 衣食住の習俗 (383 9版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000057268