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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-20-044
事例作成日
(Creation date)
2020年7月4日登録日時
(Registration date)
2020年09月17日 13時40分更新日時
(Last update)
2021年02月24日 17時40分
質問
(Question)
スペイン風邪などの感染症による病没者を慰霊する石碑はあるか。明治以降のものを知りたい。
回答
(Answer)
 当館所蔵の『長野県石碑目録』などの資料を調査したが、依頼の石碑の有無について、確認することはできなかった。


 なお、当館の蔵書検索、雑誌記事検索で「スペイン風邪」を調べると、次の雑誌論文がヒットした。
 櫻井弘人著「スペイン風邪などの疾病と民俗-遠山谷の事例を中心に-」
        『伊那民俗研究』27号 2020.4 p.39-62
このp.51には、
 「塞の神などが一般的であるが、和田から合戸峠を越えて木沢の松の田地籍に入るあたりに立つ栂の大木の根元には、サエギリノカミと呼ばれる石仏と祠がある。(-中略-)また、その近くの尾根を越える山路の傍らに「庚申」と河原石に刻んだ石碑が数知れず密集して立つ。これを「百体庚申」と呼ぶ。石碑のなかには奉納者名や明治二十九年(一八九六)の年号が刻まれたものもある。伝承では、明治時代に毎年のように伝染病が流行して多くの村人が死んだので、たまりかねた村人たちが病気が里に侵入しないようにと、集落ぐるみで庚申の石碑を立てたという。(-後略-)」
とあった。
 この文章の出典である『遠山霜月祭 南信濃2 木沢地区編』 飯田市美術博物館 遠山常民大学編・刊 2011 【N386/181/2】p.38「百体庚申」に、同じような記述があった。p.34にも「百体庚申」の場所がわかる地図があった。ただ、この木沢地区のある南信濃村(現・飯田市)の史誌にあたる『遠山 南信濃村史』で、サエギリノカミ等を調べたが、上記論文に例示された明治期以降のものを記載したものは確認できなかった。p.197には、多くの死者をもたらした赤痢の流行についての記述があった。
 また、「供養碑」「供養塔」などで検索すると、郷土史関係の雑誌が何点もヒットしますが、タイトルから推察すると、ほとんど江戸期もしくはそれ以前のものを対象としており、利用者が希望している明治以降のものについての研究報告ではなかった。
回答プロセス
(Answering process)
1 『長野県史 通史編』でスペイン風邪の流行年度と県内の被害の様子を確認する。大正7年(1918年)-9年(1920年)にかけて流行していること、特に飯山地域と南信地方で流行、死者も多かったことがわかる。

2 県内の各市町村教育委員会から、石造文化財についての目録や報告書を見ていく事とする。ただし、これらの資料は多数発行されているため、所蔵するすべてのタイトルの悉皆調査は出来ないため、飯山地域と南信地方のものについてのみ確認をした。

3 郷土史関係の雑誌論文を、「供養碑」「供養塔」などで検索する。ヒットしたものの中から、江戸期以前のものを除外し、タイトルから年代を推察できない著作は内容を確認する。


<調査済資料>
・『長野県石碑目録 石碑所在調査報告書』 長野県教育委員会編・刊 1990 【N714/44】
・『長野県の文化財-長野県文化財総合目録-』
    長野県教育委員会監修 八十二文化財団 2016 【N709/99c】
・『長野県史 通史編 第8巻近代2』 長野県編 長野県史刊行会 1989 【N209/11-4/8】
・盾英雄, 盾英一郎「長野県の石造物関係文献」 『長野』 111号 1982.9 p.37-46
・『遠山 南信濃村史』 南信濃村史編纂委員会編 南信濃村 1976 【N243/91】
・『飯山市の石造文化財』 飯山市石造文化財編集委員会編 飯山市教育委員会 1998【N714/62】
「慰霊碑 昭和13年9月 群類塔 主婦會」が、蕨野地区に1基ありますが、疫病の死者のためのものと確定できる情報は確認できなかった。
・『野沢温泉村の石造文化財』 野沢温泉村石碑調査委員会編 野沢温泉村教育委員会 1991【N714/46】
・『栄村の石造文化財』 栄村石造文化財調査委員会編 栄村教育委員会 1990 【N714/43】
・『石碑の香り 文学碑・頌徳碑・記念碑・筆塚』 木島平村教育委員会編・刊 1984 【N714/23】
・『木島平村の石造文化財』 木島平村教育委員会編・刊 1996 【N714/63】
・『中川村の石造文化財』 中川村教育委員会編・刊 2000 【N714/67】
・『長谷村の石造文化財』
   長谷村石造文化財調査委員会編 長谷村教育委員会 1997 【N714/58】
・『わがムラの石造文化財 1』 南信州文化財の会編 南信州新聞社出版局 2016 【N714/98/1】
・『宮田村の石造文化財』
   宮田村の石造文化財編集委員会編 宮田村教育委員会2002 【N714/72】
・『飯島町の石造文化財』 飯島町教育委員会編・刊 2006 【N714/80】
・『鼎の石造文化財』 飯田市鼎公民館編・刊 1995 【N714/95】
・『羽場の石造文化財』 羽場の昔を学ぶ会編・刊 2013 【N714/92】
「供養塔 昭和5年2月1日 (7名)」が、飯田市松川入地区に1基ありますが、疫病の死者のためのものと確定できる情報は確認できなかった。
・『松川町の石造文化財 第1集 上大島編』 松川町郷土クラブ編 松川町教育委員会 1978 【N714/16/1】
・『松川町の石造文化財 第2集 上片桐編』 松川町郷土クラブ編 松川町教育委員会 1979 【N714/16/2】
・『松川町の石造文化財 第3集 古町・上新井・名子編』
    松川町郷土クラブ編 松川町教育委員会 1980 【N714/16/3】
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 10版)
中部地方  (215 10版)
石彫  (714 10版)
参考資料
(Reference materials)
伊那民俗学研究所編集委員会 編 , 柳田國男記念伊那民俗学研究所. 伊那民俗研究. 柳田國男記念伊那民俗学研究所, 1990.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000073850-00  (27号 2020.4 p.39-62)
飯田市美術博物館. 遠山霜月祭 南信濃 2 (木沢地区編). 飯田市美術博物館, 2011.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023415786-00  (【N386/181/2】p.38)
キーワード
(Keywords)
スペイン風邪
疫病
感染症
慰霊碑
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000287271解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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