レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年10月23日
- 登録日時
- 2020/10/27 11:30
- 更新日時
- 2020/12/26 12:54
- 管理番号
- 179
- 質問
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解決
尼崎市内の久々知(くくち)という地名や歴史について、以下のことを知りたい。
1久々知という地名と古代氏族久々智氏の関係について、2久々知に関する中世史料について、3久々知城など尼崎地域の中世城廓について
- 回答
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1 現尼崎市域の久々知(くくち)という地名は、杣山(そまやま)の管理にあたった古代氏族・久々智氏の居住地であったことに由来するという説があります。尼崎のほか有馬郡に久々地の地名が残っていて、猪名川または武庫川の舟運により上流で切り出された木材が運ばれ、この地域で集積・加工された可能性があると考えられています。また、後代のことになりますが、猪名川上流に居住した多田院御家人の一部が久々知周辺に定住したとの伝承があります。なお、久々知を含む市域北東部には、椎堂(しどう)・瓦宮(かわらのみや)・穴太(あのう)・額田(ぬかた)・坂部(さかべ、上坂部・下坂部)といった、古代氏族名に由来する可能性が考えられる地名が散見されます。
2 久々知の史料上の初見は建久2年(1191)の「観福寺大般若経奥書」で、久々智村とあります。このほか、久々知が登場する14~16世紀(南北朝~戦国期)の史料として、荘園関係史料や『太平記』『細川両家記』といった戦記物があります。これらの史料は『尼崎市史』第4巻中世史料編に翻刻しており、同書掲載の地名索引により検索することができます。
なお、昭和48年(1973)刊行の『尼崎市史』第4巻に掲載されていない古代・中世史料の補遺として、尼崎市立地域研究史料館紀要『地域史研究』第114号(平成26年10月)以降の号に「尼崎市史古代・中世史料補遺」を連載しています。
3 久々知の旧集落地(現久々知1丁目付近)にはかつて「城ノ内」という小字があり、環濠集落であった村を臨時的に陣営として利用したものを「久々知城」と称したものと考えられます。戦国時代の尼崎地域において、本城としての形態が整った城は尼崎城・富松城・塚口城に限られており、記録に登場する市域の地名を冠したその他の諸城は、集落や寺院を利用した陣営としての城であったものと考えられます。
- 回答プロセス
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1 久々知をはじめ市域地名の由来、古代氏族との関係を記す文献
◆『尼崎地域史事典』/Web版『尼崎地域史事典』apedia
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/
「久々知」をはじめ各地名を項目として収録
2 尼崎地域に関する古代・中世史料を翻刻掲載する文献
◆『尼崎市史』第4巻中世史料編
◆天野忠幸/樋口健太郎「尼崎市史古代・中世史料補遺」尼崎市立地域研究史料館紀要『地域史研究』第114号以降連載中
3 尼崎地域の中世城郭及び環濠集落について記す文献
◆『尼崎市史』第1巻第3節2「尼崎地方の戦国の諸城」
◆西本珠夫「尼崎の環濠」尼崎郷土史研究会会報『みちしるべ』第36号掲載
- 事前調査事項
- NDC
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- 地理.地誌.紀行 (290)
- 日本史 (210)
- 日本の建築 (521)
- 参考資料
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尼崎市立地域研究史料館/編 , 尼崎市立地域研究史料館. 尼崎地域史事典. 尼崎 尼崎市, 1996.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I024534818-00 (当館請求記号 219/A/ア) -
尼崎市/編 , 尼崎市. 尼崎市史 第4巻. 尼崎 尼崎市, 1973.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I024491900-00 (当館請求記号 219/A/ア-4) -
尼崎市/編 , 尼崎市. 尼崎市史 第1巻 (付属資料:付図5葉添付). 尼崎 尼崎市, 1966.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I024442537-00 (当館請求記号 219/A/ア-1) - 尼崎郷土史研究会/編、みちしるべ 第36号、2008年3月 (逐次刊行物)
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尼崎市立地域研究史料館/編 , 尼崎市立地域研究史料館. 尼崎地域史事典. 尼崎 尼崎市, 1996.
- キーワード
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- 久々知
- 古代氏族
- 中世城郭
- 中世城館
- 地名
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 地名
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000288683