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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
沖縄県立図書館 (2110045)管理番号
(Control number)
0001003623
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2023年03月31日 17時49分更新日時
(Last update)
2023年03月31日 17時49分
質問
(Question)
程順則、玉城朝薫の亡くなった年月日、死因について知りたい。
回答
(Answer)
以下の資料を案内した。
資料①、②より程順則は1734(雍正12)年12月8日に、玉城朝薫は1734(雍正12)年1月26日に亡くなっている。
亡くなった理由については2人とも明らかでない。玉城朝薫については資料④~⑦より長年連れ添った妻子と離別し、娘程の年齢差がある家格の違う女性と再婚したことや、亡くなってから洗骨されるまでに71年もの開きがあることがわかる。これらより「王府の不興を買い流罪になった」「門中と仲違いして孤独な死を迎えた」など、その死については様々な説があるものの、その詳細については記録に残っていない。

【程順則】

『那覇市史 資料篇 第1巻6 家譜資料』(那覇市企画部市史編集室/編 那覇市役所 1980(昭和55).3)
p545 「二八 程氏家譜 (原)六世程泰祚 名護家」(p541-617)の家譜の中に「七世隆勲紫金大夫加銜法司正卿諱順則…雍正十二年甲寅十二月初八日戌時卒享年七十二」とある。


『日本東洋文化論集 第12号』(琉球大学法文学部/編 琉球大学法文学部 2006.3)
p137 「程順則の父と子―程順則の情愛と苦悩―」(上里 賢一/著)(p129-154)の項目中、「五度目の渡清をおえて帰国(一七一一年・康煕六〇.五九歳)してからの程順則は、精力的にこなしてきた外交と教育の一線から退いていた。」と記載されている。

【玉城朝薫】

『那覇市史 資料篇 第1巻7 家譜資料』(那覇市企画部市史編集室/編 那覇市史編集室 1982(昭和57).1)
p296 「二〇 向姓家譜 (原)一世今帰仁王子朝典 具志川家」(p289-309)の家譜の中に「十世朝薫 玉城親方…雍正十二年甲寅正月二十六日卒享年五十一」とある。また、p299には「雍正九年辛亥四月恭蒙 益之助公寄賜御茶二十斤」とある。


『琉球組踊 玉城朝薫の世界』(犬飼 公之/著 瑞木書房 2004.5)
p96-97 「第四節 一ツ墓の主(朝薫の晩年)」(p96-119)の項目中、「玉城朝薫は、雍正一二年(享保一九・一七三四)に死去した。辺士名家の「家譜」には、十世朝薫…雍正十二年甲寅正月二十六日卒、享年五十一…厨子甕には次のように書かれていた。玉城親方朝薫、雍正十二年甲寅正月二十六日卒、享年五十一…」とある。
また朝薫の晩年について考察されており、この中に晩年は流刑にあった、庶民の後妻をとったために門中と仲違いして孤独な死を迎えた、などの諸説が記載されているが、亡くなったときの詳細な記録は残っていない。


『組踊を聴く』(矢野 輝雄/著 瑞木書房 2003.2)
p173 「六 玉城朝薫の生涯」(p166-174)の項目中、「一七三一年薩摩から茶二十斤が贈られているのは朝薫が永く病床にあったことを推測させる。」とある。


『玉城朝薫の墓調査報告書』(浦添市教育委員会/編 沖縄県浦添市教育委員会 1989.3)
p18-19 「その朝薫の厨子は確認されているので、その限りにおいては問題はないが、気になる点は幾つかある…朝薫は雍正十二年に卒しているのに洗骨が嘉慶十年と、七十一年も間隔のあいていること…卒して七十一年も開くのはどう考えても異常である…朝薫の死が尋常のものではなかった等々の仮説は意外と真実を衝いているのかもしれない。」と記載されている。


『近世沖縄の肖像 文学者・芸能者列伝 上』(池宮 正治/著 ひるぎ社 1988.7)
p132-133 「玉城朝薫」(p116-142)の項目中、「幼少の頃、父母や祖父と別れ、晩年になって長くつれそった妻子とも別れ、若い妻をめとったが、それでも朝薫の孤独な魂は満たされることがなく、まるでその孤高の魂をあらわすかのように、父祖の墓や肉親との合祀を峻拒して自ら築いた墳墓に只一人眠ったのである。」と記載されている。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
那覇市史 資料篇 第1巻6 家譜資料 那覇市企画部市史編集室/編 那覇市企画部市史編集室 1980(昭和55).3 (p545)
日本東洋文化論集 第12号 琉球大学法文学部/編 琉球大学法文学部 2006.3 (p137)
那覇市史 資料篇 第1巻7 家譜資料 那覇市企画部市史編集室/編 那覇市史編集室 1982(昭和57).1 (p296、299)
琉球組踊 玉城朝薫の世界 犬飼 公之/著 瑞木書房 慶友社 2004.5 (p96-119)
近世沖縄の肖像 文学者・芸能者列伝 上 池宮 正治/著 ひるぎ社 1988.7 (p132-133)
玉城朝薫の墓調査報告書 浦添市教育委員会/編 沖縄県浦添市教育委員会 1989.3 (p18-19)
キーワード
(Keywords)
程順則
玉城朝薫
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000331321解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決

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