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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-22-071
事例作成日
(Creation date)
2022年7月22日登録日時
(Registration date)
2022年07月29日 12時22分更新日時
(Last update)
2022年08月19日 21時32分
質問
(Question)
松代藩真田家の幕末頃の家臣に、傳田織部という武士がいたか。
回答
(Answer)
『校注 本藩名士小伝 真田正幸・信之の家臣録』 河原綱徳著 芝辻俊六ほか翻刻 高志書院 【281.52/カツ】
 「本藩名士小伝」の翻刻資料。内容を確認したが、傳田氏を確認できなかった。

真田家家中明細書』 国立史料館編 東京大学出版会 1986 【N280/138】[最終確認2022.8.2 図書館・個人送信限定公開]
 この資料に収録されている史料は、国立史料館所蔵の「家中明細書」成立年代不明(26A-あ六)、「分限明細書」文化文政から慶応あたりまで(ただし確定できない)(26A-あ一四九三)、「家中明細書」成立は明治以後(26A-あ四)の3点で、これらの記述を基に、各人ごとにどのような役職の経過をたどったかわかるように編集されている。この資料中に傳田氏を確認することはできなかった。なお、通称索引から「織部」と名乗る人物は、p.72の「恩田織部」のみ。文政に家督を継ぎ、明治3年に御番頭罷免までの記録があった。

松代町史 上巻』 大平喜間多編 臨川書店 1986(長野県埴科郡役所 1929刊の復刻)【N212/236/1】[最終確認2022.8.2 図書館・個人送信限定公開]
 この資料は、通史となっており、この巻の本文中に傳田氏にかかわる記述があったとしても、検索するすべがない。江戸時代の部分を通読して、傳田氏を探すことは出来かねるため、利用者自身で調べるよう、相互貸借サービスを案内した。

松代町史 下巻』 大平喜間多編 臨川書店 1986(長野県埴科郡役所 1929刊の復刻)【N212/236/2】[最終確認2022.8.2 図書館・個人送信限定公開]
 この第6編に「人物編」があるが、項目立てされた人物には、傳田氏はなかった。
 また、巻末付録p.1-19に「真田幸道時代士卒給禄高」(眞常院様御代御分限帳)、p.20-52に「真田幸民時代士卒給禄高」があるが、どちらにも傳田氏は確認できなかった。

松代藩士系図 全』 【N288/3】[最終確認2022.8.2 図書館・個人送信限定公開]  
 傳田氏と判読できる記載は確認できなかった。
 写本。小型横帳。編者不明。家老以下給人格の家約100家の系図がおさめられている。上級藩士のみで、内容は比較的簡略である。巻末に絶家した20数家のかんたんな由緒が朱筆で記載されている。松代藩士系図はかずかず残されているが、本書はその一つであり、一般的なものである。

『長野県史 近世史料編 第7巻(1)北信地方』 長野県編 長野県史刊行会 1981【N209/11/7-1】
 この資料に所収されている次の分限帳には、傳田氏を確認できなかった。
・「寛文元年 真田幸道家中分限帳」 p.15-40
・「寛文七年十二月 松代十万石御分限大積」 p.66-72
・「文化十二年五月 御家中屋敷坪付帳」 p.126-151
・「文久年中 真田幸民家中分限帳」 p.204-225
・「明治元年十月 松代藩戊辰戦争死傷者届」 p.232-237

 また、長野県立歴史館が所蔵している「飯島勝休資料」に松代藩の分限帳の写しなどが何点も所蔵されている。当館でも一部をマイクロフィルムで所蔵していて、見ることができるが、すべてを見ていくことは悉皆調査となりできない。依頼の幕末に近い年代の次の分限帳を調査したが、「傳田」と判読できそうな姓の人物は確認できなかった。ただし、書き手の癖があったり、上書きされた個所があるものもあり、見落としがあるかもしれないので、利用者自身で調べることを案内した。
・「御分限帳」 天保13年(1832) 写 [飯島勝利資料 0-15/97]    
・「御分限帳」 文政11年(1828) 写 [飯島勝利資料 0-15/103]    
・「(安政6年)御役人帳」(1859) [飯島勝利資料 0-15/111]      
    当館のマイクロフィルムNo.【MN/飯島文庫/12】

 長野県立歴史館が所蔵している「飯島勝休資料」内の分限帳には、次のものがある。目録から検索しているので、内容が分限帳と同じものでも、史料名がそれと判別できないものは、漏れているかもしれない。当館でもマイクロフィルムで閲覧することができる。マイクロフィルムでも、ある程度判読はできますが、裏映りが補正できない状況で撮影されているものは、判読できないものもある。原史料の閲覧については、長野県立歴史館へ問い合わせるよう案内した。
・「分限帳」 天和3年 写 [飯島勝利資料 0-15/99] 1683 
・「分限帳」 万治2年 写 [飯島勝利資料 0-15/100] 1659 
・「宝暦以来之御役人」 写 [飯島勝利資料 0-15/101]  
・「御分限帳」 元文5年 写 [飯島勝利資料 0-15/102] 1740 
・「(享保三)分限帳」  [飯島勝利資料 0-15/112]  1718 
・「明暦分限」  [飯島勝利資料 0-15/116] 1655 
・「(天明丙午)江戸奥向分限帳」 [飯島勝利資料 0-15/117]  1781(元年) 
・「寛永十酉年御分限帳」 [飯島勝利資料 0-15/119]  1633 
・「御家中知行分限帳」 [飯島勝利資料 0-15/120]  
・「享保分限」  [飯島勝利資料 0-15/124]  1716 
・「御家中御分限帳」  写 [飯島勝利資料 0-15/98] 寛政9年 
・「御分限帳」 [飯島勝利資料 0-15/121]  天保6年 
・「乾徳院様御部屋住之節御分限帳」 [飯島勝利資料 0-15/118] 嘉永3年 
・「松代家士行状記」 [飯島勝利資料 0-15/114]  天保3年 
・「松代家中系譜 上下」  写 [飯島勝利資料 0-15/130-1,2]  
・「当御家中諸士略系図」  写 [飯島勝利資料 0-15/132] 

  長野県立歴史館 
   〒387-0007 長野県千曲市大字屋代260-6
            026-274-2000
回答プロセス
(Answering process)
1 県立長野-08-004「長野県内の藩の家臣、藩士の名前などを調べたい。何を見ればよいか。」の松代藩の部分を確認する。分限帳を掲載する資料を見ていく。[最終確認2022.8.2]

2 『長野県史 近世史料編 第7巻(1)北信地方』に掲載のものを確認する。

3 『真田家家中明細書』に、名前のほか、通称、役職名から引ける索引があるので、これも確認する。

4 『松代町史 下巻』の「人物編」確認する。

5 信州デジタルコモンズでも公開している『松代藩士系図 全』を確認する。

6 『校注 本藩名士小伝 真田正幸・信之の家臣録』を確認する。項目立てされた人物についての解説が詳細に書かれているので、こちらも調べた。

7 長野県立歴史館が所蔵している「飯島勝休資料」に松代藩の分限帳の写しなどが何点も所蔵されており、当館でも一部をマイクロフィルムで所蔵しているので、年代を絞って確認する。

8 どの資料にも「傳田某」の名は確認できなかったが、筆字のため判読できなかったものや誤字、読み間違いの可能性もあるため、自身で確認されることを勧めた。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
系譜.家史.皇室  (288 10版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
松代藩士
分限帳
系譜
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000319288解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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