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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
足立区立中央図書館 (2300109)管理番号
(Control number)
202206-6
事例作成日
(Creation date)
2022年6月14日登録日時
(Registration date)
2022年06月14日 17時04分更新日時
(Last update)
2022年08月11日 09時55分
質問
(Question)
昔の貨物専用「隅田川駅」は、線路と線路の間がドックのような入り江になっていたと本で読んだ。それがわかる写真や地図と現在の様子がわかる写真や地図とを比較して見てみたい。
回答
(Answer)
【資料1】から所在地と昭和36年から舩渠の埋め立てが始まったことがわかったので、比較するための資料として以下を紹介した。
明治30年頃から昭和36年に埋め立てがはじまるまでの地図【資料2】大正5年・昭和4年、【資料3】明治44年
埋め立て後の地図【資料4】昭和56年、【資料5】平成5年、【資料6】令和元年、【資料7】昭和42年
駅ができる前の様子がわかる地図【資料3】明治13年
回答プロセス
(Answering process)
1 『平成の東京12の貌』を確認する。
「JR貨物「隅田川駅」のいま」p.296に「(前略)線路の突端は、本当に隅田川に接していた。それどころか、線路と線路の間にはドッグのような入り江があり、貨車と船が荷物を直接受け渡せる構造だったのだ」とある。それがわかるような写真・地図は載っていない。

巻末の初出一覧に「文藝春秋 2019年1月号」とあったので当該号にあたる。
p.404「どっこい生きてる貨物専用隅田川駅」のタイトルバックに写真4枚あり。「ドックのような入り江」がわかる写真ではなかった。

2 隅田川駅の開業年と「ドックのような入り江」が無くなった年を調べる
【資料1】p.45「常磐線貨物支線 隅田川駅」に「(前略)昭和36(1961)年から船渠の埋め立てがはじまっており(後略)」とあり、駅の所在地、開業年月日の記述もあった。所在地は東京都荒川区南千住、開業は明治30(1897)年4月1日(日本鉄道隅田川貨物取扱所)。
同ページには「水運華やかな昭和22年の隅田川駅。線路間に船渠が入り組み、船舶の姿も見える(後略)」の説明がある空中写真が掲載されていた。
p.44には写真が2枚あり、「隅田川駅のコンテナホーム。かつてはこの部分が船渠となり、貨車~船舶の荷役が行われていた」の説明と「隅田川から引き込まれた運河と汐入水門の遺構」の説明がついている。

3 明治30年頃から昭和35年頃までの地図・写真にあたる。
『明治前期・昭和前期・東京都市地図』1 東京東部(清水靖夫編 柏書房 1995)
p.41「東京首都1932年(昭和7)」隅田川駅あり。東側に南北に流れる隅田川から引かれた水路は途中でほぼ直角に北に向かっている。北に向かう手前で東西に引き込む水路と南北に引き込む水路と分かれている。どちらも水路は行き止まりになっている。
p.43「東京首都1965年(昭和40)」1932年と同じ。
p.39「東京首都」1880年(明治13年)該当地域は田の記号となっている。どの地図も縮尺は2万5千分の1なので縮尺が大きい地図を探す。

【資料2】の収録地図
「早わかり番地入東京市全図」(大正5年)縮尺不明。「隅田川貨物停車場」あり。線路5本。東側に流れる隅田川から引き込んだ水路が確認できる。
「帝都復興東京市全図」(昭和4年)縮尺1万分の1。水路大小合わせて6本あり、水路と水路の間には途中で分岐や連結された線路が10本以上敷かれていることがわかる。

【資料3】の収録地図
「番地入東京府南足立郡千住町 東京府北豊島郡南千住町全図」明治44年、縮尺5千分の1。東に流れる隅田川から西に向かって水路が引かれ、途中から北に向かっている。北に曲がる手前で南方向に3本の行き止まりとなっている水路あり。北に向かう水路からは西に向かって3本の行き止まりの水路が引かれているのがわかる。南に向かう水路よりどれも幅が広く長い。それらの水路と水路の間には線路が合わせて13本引かれている。
「索引図」縮尺3万分の1。隅田川駅には水路が無く線路は13本確認できる。「最新地図」とあるが作成年は不明。

【資料8】該当場所は「南千住4丁目」とのみ記されており水路は7本確認できるが、隅田川貨物駅と線路は記載されていない。水路は東の汐入橋と北の汐路橋とで隅田川とつながっていることが確認できる。縮尺9千分の1。

4 昭和36年頃から現在までの地図・写真にあたる
【資料4】「38 隅田川駅周辺(昭和56年7月12日撮影)」写真縮尺1:4600。
「貨物の北の玄関 隅田川駅周辺」の写真は水路が堰き止められてコンクリートの路面となり、コンテナが並んでいることがわかる。

【資料5】目次ページに「1993年撮影 高度約3000m 縮尺1:9000」とあり。
p.66「29 葛飾区墨田区荒川区」水路ではなくコンクリートに覆われてコンテナと思われるものが各所に並んでいる。隅田川からの入り口は堰き止められていることがわかる。

【資料6】
p.30 南千住4丁目のJR貨物隅田川駅北側にホームセンターがありその北側は通りを挟んで商業施設、UR都市機構のタワー棟やトミンタワー、都営南千住4丁目アパートなどあり。
p.32「30図~31図別記」からアパートは32階まであることがわかる。

【資料7】縮尺9千分の1。南に向かう3本の水路と、西に向かう水路のうちの一番南にあった水路がなくなっていることがわかる。

5 明治30年以前の地図も確認する。
【資料2】収録地図「実測東京全図」(明治11年)該当地域に「橋場地方」と記載あり。隅田川は東側を南北に流れそこから引かれた「四番用水」が西の三ノ輪村まで続いていることが確認できる。北には「五番用水」が隅田川から西に引かれていることもわかる。縮尺は「日本里法」とあり。その縮尺によると四番用水は13町ほどになる。

他に確認した地図
『最新大東京全図』(人文社 2006)
『東京全図』(人文社 2006)
記述のなかった資料
『貨物を行く』(イカロス出版)
『消えた!310路線 東京の鉄道』(イカロス出版 2018)
『JR貨物の魅力を探る本』(梅原淳著 河出書房新社 2019)
『貨物列車』(高橋政士著 秀和システム 2011)
事前調査事項
(Preliminary research)
『平成の東京12の貌』(文藝春秋 2019)の「JR貨物「隅田川駅」のいま」で読んだ。
NDC
関東地方  (213 10版)
鉄道運輸  (686 10版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『図説街場の鉄道遺産』東京23区編(松本典久著 セブン&アイ出版 2014)
【資料2】『明治・大正・昭和東京近代地図集成』(人文社 1981)
【資料3】『東京市近傍郡部町村番地界入地図』明治四十四年(東京逓信管理局編 人文社 1986)
【資料4】『垂直航空写真で見る首都東京』(メイト企画出版事業部 1981)
【資料5】『空から東京』23区(西武新聞社 1994)
【資料6】『ゼンリン住宅地図東京都荒川区』(ゼンリン 2020)
【資料7】『荒川区』(日地出版 1967)
【資料8】『昭和16年大東京35区内』30 荒川区詳細図(地形社編 昭和礼文社[200-])
キーワード
(Keywords)
貨物
隅田川駅
荒川区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
2022年8月5日 追記

『発掘写真で訪ねる荒川区・足立区古地図散歩』(坂上正一著 フォト・パブリッシング 2022)
「2章 古地図で見る荒川区」のp.80~87「~日本の経済発展を象徴した隅田川貨物駅~ 南千住駅~隅田川」に詳細な説明と共に明治42年、大正10年、昭和32年、昭和62年の地図が記載されていた。
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000317278解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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