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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
足立区立中央図書館 (2300109)管理番号
(Control number)
202202-10
事例作成日
(Creation date)
2022年2月21日登録日時
(Registration date)
2022年02月25日 10時42分更新日時
(Last update)
2022年08月15日 09時16分
質問
(Question)
「おばけ煙突」が千住桜木町に造られた理由と廃止された理由を知りたい。公害が廃止に関係していたのか。また、煙突の解体に反対した人が煙突に上り籠城したという話を聞いたことがあるがそれについても知りたい。
回答
(Answer)
煙突が千住に建設された理由は【資料1】【資料2】【資料3】【資料5】に載っていた。
廃止理由は【資料2】【資料3】【資料4】【資料7】にあり、どの資料にも老朽化やコスト高の記述はあるが、公害問題についての記述はなく、公害が廃止に関係していたのかがわかる資料はなかった。

「煙突の解体に反対した人が煙突に上って籠城した」という話は【資料6】とウィキペディア「千住火力発電所」に記述はあったが、詳細がわかる資料や実際に籠城があったのか確認できる資料はなかった。
回答プロセス
(Answering process)
1 地域資料と<おばけ煙突/お化け煙突>で検索しヒットした所蔵資料にあたる。
【資料1】
「お化け煙突の誕生-千住火力発電所の経過」p.56~58に用地決定までの詳細な記述あり。
「千住火力発電所年表」p.167「昭和39年2月29日千住火力発電所廃止 昭和39年11月千住火力発電所の四本煙突撤去終わる」とあり。

【資料2】
p.8「発電所の候補地」に千住桜木に決定する経緯と理由あり。
p.9「発電所の位置は?」に「建設時の住所は、東京府足立郡千住町堤外西耕地で、現在は千住桜木1−13−1(私が在籍した昭和36年当時は、千住桜木町35番地)(後略)」とあり。
p.10「煙突のあった場所」に「(前略)昭和30年代の高度経済成長による電力需要の高まりとともに大容量火力発電所が次々と建設され、老体に鞭打って働いた千住火力発電所もついに昭和38年3月22日運転停止、5月7日解散式、39年11月に煙突撤去となった」とあり。

『東京現代遺跡発掘の旅』(交通新聞社 2002)
「千住のお化け煙突」の項あり。建設理由、廃止理由の記述はなし。煙突に籠城した人についても記述なし。

【資料3】p.258に建設場所選定の理由、廃止理由あり。

【資料4】p.53「姿を消したおばけ煙突」に廃止の理由あり。建設についての記述なし。

【資料5】368号-370号「お化け煙突考(建設・その1)①~③」の「東京電燈(株)創設と黎明期」に建設されるまでの詳細な経緯と選定の根拠あり。

【資料6】「おばけ煙突の思い出をたどる」p.73「(前略)煙突だけでも残せないかと保存運動が起こり、煙突によじ登る人まであらわれた(後略)」と記述あり、出典は不明。建設理由、廃止理由の記述はなし。

【資料7】
p.64「千住火力発電所の建設」に「震災後も増加を続ける需要に対応するため(中略)供給設備の充実を積極的に進めた。」とあり。千住を選定した理由の記述はなし。
p.522「老朽化力の統合廃止」に「効率のよい新鋭火力ユニットの相次ぐ出現により、戦前から重要な役割を果たしてきた墨田、千住(中略)利用率が低下したので~これら火力を統合あるいは廃止した」とあり。
p523「地元では「おばけ煙突」として親しまれ、廃止後も、煙突を倒すのをやめて欲しいとの希望もあったが、39年11月、惜しまれつつ解体された」とあり
「年表-前史」p.1068「大正15・昭和元年(1926)年1・20 東京電燈千住火力発電所、第一期工事落成」とあり。
「年表-本史」p.1113「昭和39年(1964年)2・29千住火力発電所廃止(11・おばけ煙突解体)」とあり
いずれの資料も公害の記述と煙突に籠城した人についての記述なし。

2 「煙突に上り籠城した人がいた」について調べる。
①「Google」で〈おばけ煙突/廃止/反対〉を検索。
ウィキペディア(Wikipedia)の「千住火力発電所」では「煙突の解体が決定された後同年12月には、解体・撤去を反対する者が煙突によじ登り84時間にも渡って篭城するという騒ぎが発生した」と記述あり。出典のサイトはアクセスエラーとなっていて、確認できず。 https://ja.wikipedia.org/wiki/千住火力発電所(最終アクセス日2022.3.3)

②新聞記事をさがす。
ウィキペディアの記述から、よじ登ったという昭和38年12月の新聞を見る。
『読売新聞縮刷版』昭和38年11月~12月(読売新聞社[1963])
昭和38年12月記事索引p.12「話題」の項に「煙突男ひどく衰弱 p491 4」あり。
昭和38年12月18日夕刊p.5「都のゴミ焼き場設置に反対して予定地の北区志茂1の2旧国鉄発電所跡のエントツにのぼっている(後略)」とあり。

p.443 12月16日夕刊9面「師走の空に”煙突男”北区でゴミ焼き場に反対」の記事と写真あり。写真には「下から見上げる”同志をよそに、勇ましく日の丸をかかげ、ハチ巻をしめて煙突の上にがんばる男」のキャプションあり。
p.491 12月「煙突男ひどく衰弱」の記事
p.521 12月19日夕刊9面「煙突の上と下 主婦ら救援大会 都知事も乗り出す」の記事
p.537 12月20日15面「煙突男ようやく降りる 滞空84時間半、病院でぐっすり」の記事
どれも北区の事件についての記事で、お化け煙突のことはなし。

③新聞記事データベースで検索
『日経テレコン』〈お化け煙突〉で検索
1991年3月23日朝刊「復権する産業遺跡(16)東京お化け煙突 下町で愛された発電所」に「煙突とお別れする会」の記事あり。

『聞蔵Ⅱ』(朝日新聞記事データベース) 〈お化け煙突〉で検索
1964年8月26日東京夕刊「みんなほろりお化け煙突におわかれの会」の記事あり。
どちらもお化け煙突に上って籠城した人がいたという記事なし。
 
 
記述のなかった資料
『昭和』(秋山真志著 ポプラ社 2008)
『お化け煙突の世界』(佐藤忠男編 ノーベル書房 1997)
『東京坊ちゃん』(林望著 小学館 2004)
『続 お化け煙突の世界 思い出すままに』(格和宏典著 格和宏典 2018)
『写真に刻み込まれた足立区50年の軌跡』(東京都足立区企画部広報課編 東京都足立区役所 1982)
『足立区近代史年表』(足立区役所企画広報室編 東京都足立区役所 1973)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
発電  (543 9版)
関東地方  (213 9版)
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『おばけ煙突物語』(姫野和映著 新風舎 2007)
【資料2】『お化け煙突のせかい思い出すままに』(格和宏典著 格和宏典 2016)
【資料3】『足立風土記稿』地区編1 千住(足立区教育委員会文化課編 足立区立郷土博物館 2004)
【資料4】『写真で見る足立区40年のあゆみ』(東京都足立区企画広報室編 東京都足立区役所 1972)
【資料5】『足立史談』復刻版3 (足立区郷土史料刊行会編 足立史談会 2001)
【資料6】『散歩の達人』2019年7月号(交通新聞社 2019)
【資料7】『東京電力三十年史』(東京電力社史編集委員会編 東京電力 1983)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000312573解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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